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2014.06.06(Fri):黄昏人
第一章 二話
【More...】

 アスレシアは、かつて小国ガルバラインに仕える騎士であった。
 今は騎士ではない。
 なぜなら、仕えるべき国が失われたからである。
 それは、わずか一ヶ月たらず前のことだ。
 英雄の誉れ高き王と勇猛果敢な王太子が、同じ日に謎の死を遂げた。ガルバラインは、王が絶対的な力を持つ王制を敷いていたのだが、それが災いして、国は一気に混乱に陥ってしまった。小さな国家がひしめく地において、その混乱は致命的である。またたく間に周辺諸国から攻め込まれて国は分割、占領された。王族は老人から赤ん坊に至るまで殺害され、高官や重臣たちの多くも戦争で命を落とすか、行方不明となったのだ。
 アスレシアは、その混乱の元凶というべき存在の、最も近いところにいた。
 若干十九歳の、一介の騎士に過ぎなかった彼女が、なぜ国家滅亡という大事の間近にいる羽目になったのか。
 アスレシア自身も、いまだ信じられぬ時がある。これは、すべて夢なのではないか、と。目が覚めれば、今までどおり何一つ変わらず自室にいるのではないか、と思う。
 ――アスレシアは、身を起こした。
 小さな村の宿屋。ガルバラインの王都ガラハールの自宅ではない。
(何度目覚めても、こちらが現実なんだ……)
 ベッドの上で膝を抱えた。山犬退治の依頼を受け、この小さな貧しい村に来た彼女と同行者ゼフィオンは、宿屋の一室を与えられてくつろいでいた。夜になってから出かけた方がよいというゼフィオンの意見が採り入れられ、それまで待機という事になったのである。
 アスレシアは、する事もなくベッドの上に座り、ぼんやりと物思いにふけった。
(サニト・ベイ……)
 ひとつの名を呼ぶ。
 獅子心王サレス・アードの次男で、王位継承権を持たぬ妾腹の第二王子。アスレシアの主であった人物である。
(どこにいる……? 私は、貴様を何としてでも探し出さなければならない)
 両膝を抱える手に力を込める。
 根絶やしにされたはずの王族の中で、サニト・ベイだけは生きている。祖国が蹂躙されたとき、彼はすでに国にはいなかったのだ。
 サニト・ベイは、忽然と姿を消した。――国を滅ぼす災いの種を蒔いて。
「許さない」
 知らず、口をついて出た。
 一度は剣を捧げ、忠誠を誓った人物だ。王子の側近として初めて王宮に上がったとき、アスレシアは十三歳、サニト・ベイは九歳だった。以来、彼らは円滑な主従関係の下、六年もの月日を共に過ごした。
 しかし、今。
 アスレシアの心に、サニト・ベイに対する忠誠など欠片ほどもない。あるのは、ただ憎悪のみである。
 彼が自分に行った仕打ち。それを思うたび、彼女は震えるほどに怒りを覚える。
「――おい。アスレシア」
 ノックと同時に、扉の向こうで声がした。アスレシアは、ふと我に返る。
「……ゼフィオンか。何だ?」
「ちょっといいか」
 アスレシアは立ち上がり、扉を細く開けた。漆黒の瞳が、彼女を見下ろしていた。
「何かあったのか?」
 長身のゼフィオンを用心深く見上げる。ゼフィオンは頷くと、アスレシアの耳元に口を寄せて囁いた。
「――黒猫、だ」
 ビクッとアスレシアは身を硬くする。
「あいつが、この村に……?」
「ああ。間違いない。窓の外から俺の部屋をじっと窺っていた。何を企んでいるのかは分からぬが、用心した方がいいだろうな」
「……どうせ、私たちの様子を見て面白がっているだけだろう。暇なやつだ」
 皮肉を込めた口調で言うアスレシアに、ゼフィオンは苦笑しながら、
「恐らくはそうだろうが……。だが、油断はするな。あいつの悪戯は、時にとんでもない事を引き起こすからな」
「ああ、分かっているよ」
 アスレシアはうなずくと、少し不安な様子で窓の外に視線を向けた。黒猫の黄金(きん)色(いろ)の瞳が、じっと自分を見ているような錯覚に襲われたのだ。
 ――二人を嘲笑うかのように、木々が風に揺れた。

 夜。
 針のように細く鋭い月が、くっきりと浮かび上がっていた。
 一行は、夜道を歩いていく。
 草を踏み、葉をかき分け、枝を斬り払いながら、陰鬱な森を進む。
 遠くで梟が鳴いた。
 その声に、農夫の一人が必要以上に怯えて身を縮めた。
 村長代理のリッジと数人の若い農夫たち。そして、アスレシアとゼフィオン。十人ほどの山犬狩りの面々だ。
「本当に、山犬などいるのか」
 ゼフィオンがつぶやいた。たしかに、周囲には生物の気配などまったく感じられぬ。
「やつらは賢いですからね。まるで空気みたいに気配を消してくるんですよ。そして…気がついたら周りを囲まれてるって事が多いんです」
 リッジが、声を押し殺して答えた。
「詳しいな。囲まれたことでもあるのか」
「一度だけ……。大怪我をして、命からがら逃げましたよ」
 思い出すのも嫌だという風にリッジは首を振ると、それきり押し黙ってしまった。
 一行は、張り詰めた空気の中を慎重に歩いていった。ちょっとした物音や影などで、農夫たちは慌てふためいて武器を構える。アスレシアは、半ば呆れた様子で彼らを眺めていた。
 再び梟が鳴いた。
 ふと、アスレシアの目の前に手が伸びてきて、彼女を制した。
「山犬……?」
 ゼフィオンの腕の向こう側に目を凝らす。ゼフィオンとアスレシアが立ち止まったことに、農夫たちは明らかに動揺をみせた。
「な、なにが……」
「山犬がいたんですか?」
口々につぶやきながら、息を荒くして武器を構える。ゼフィオンが人差し指を口に当て、静かにしろという仕草をした。
――バリバリと、何かを噛み砕く音がする。
「何かを食べている……?」
 アスレシアの言葉に、ゼフィオンが頷く。前方の藪で、どうやら山犬どもは食事の真っ最中らしかった。目の前の食べ物に気を取られていて、アスレシアたちには気づいていないのだろう。絶好の機会だ。
「早まるな」
 ゼフィオンが農夫たちに命じる。
 一行は、息を殺して藪へと近づいていった。
 少しずつ、少しずつ。
 ゼフィオンが立ち止まり、背中の長弓に矢をつがえる。息を止めて、弦を引こうとし――その時だった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
 突然の大声と共に、アスレシアの頬を何かがかすめていった。同時に、藪の中から小さな獣の悲鳴が上がった。
(矢!?)
 反射的に振り返る。傍らで、ゼフィオンが忌々しげに舌打ちをして吠えた。
「馬鹿者め!!」
「誰が、矢を……」
 言い終わらぬうち。
「アスレシア!来るぞ!!」
 山犬の群れが、一斉に彼女たちに襲いかかって来た。
 先まで食らっていた獲物の血で口腔を朱に染め、生臭い息を吐きながら、狂気の牙が農夫たちに飛びかかる。
「ぎゃあああっ!!」
 あっという間に二人の農夫が喉を食い破られた。血飛沫をまき散らしながら倒れる仲間の姿に、他の農夫たちは一瞬にしてパニックに陥る。
 皆、わけの分からぬことを喚き散らしながら、やみくもに武器を振り回し始めた。仲間同士で傷つけあっても、止めようとはしない。またたく間にその場は大混乱となった。
「くそっ! あんな大声を上げて矢を放つなど、どうかしているぞ!」
 ゼフィオンが襲ってきた山犬を斬り捨てながら叫んだ。
「頭の悪い農夫どもめ!!」
 だが。
(――違う)
 直感的に、アスレシアは思った。いくら恐怖に駆られたとはいえ、あの状況であんな行動に出る者などいないはずだ。仮にも村から選ばれた男たちである。ある程度は腕に自信もあろうし、肝も据わっていよう。突発的な事態ならいざ知らず、あの状況でパニックになるなど考えられなかった。
(そうだ。あれは、まるで……)
 目の前に山犬の真っ赤な口が現れる。アスレシアは、正面から頭部を串刺しに貫いた。返す刀で、その隣にいた奴の首を刎ね飛ばす。
(わざと山犬に我々の存在を気づかせたようだった)
 ふと背中に視線を感じ、アスレシアは振り返った。
 血煙の向こう側。古ぼけた鉄兜を目深にかぶった、見慣れぬ農夫。
 アスレシアは踵を返して歩き出す。
 まっすぐに向かってくる彼女を見て、農夫の口が歪んだ。――この笑い。背筋が寒くなる。アスレシアは、足を速めながら長剣を振りかぶった。
「また貴様か!黒猫!!」
 力任せに剣を振り下ろす。
 ガキッと鋭い手応え。鉄兜が地面に転がった。農夫は……いない。
「ニャア……」
 頭上の高い枝から、甘ったるい声が降ってきた。
「相変わらず、血の気の多い女ね」
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