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2014.06.06(Fri):黄昏人
 第一章 三話
【More...】

「なに?」
 怒りを含んだ低い声に、跪いていた男は一層深く頭を垂れた。
「また、やつが下らぬ邪魔立てをしているというのか」
「は……。小さな村にて山犬退治を引き受けたようなのですが、そこに例の…ネイヴァという女が」
「調子に乗りおって」
 苦々しげにつぶやいて椅子から立ち上がったのは、痩身の男。年のころは三十代の半ばといったところか。やや神経質そうな顔立ちに、薄く口髭をたくわえている。銀色の髪を丁寧に後ろに撫でつけ、黒いマントを羽織った姿は、いかにも高貴な雰囲気をかもし出していた。
「ペンドラゴン。行くぞ」
「は……はっ。どちらへ向かわれるので?」
 跪いていた男は、慌てふためいて立ち上がる。痩身の男は何も答えず、そのまま部屋を出て屋上へと向かった。
 外に出る。
 よどんだ空気が立ち込めている。太陽の存在しない、この世界特有の空気だ。
 男は屋上に立つと、黒いマントを大きく翻した。
 瞬間、男の姿はかき消え、そこにいたのは巨大な鳥。漆黒の羽と銀色の頭を持つ大鷲だった。
 バサリと羽音を響かせ、大鷲は闇の中へと羽ばたく。後を追ってきたペンドラゴンと呼ばれた男は、早くも空へと消えた主に悪態をついた。
「ああ、もう! 何でそう自分勝手なんだ!? 少しくらい待ってくれてもいいじゃないか。……コズウェイル様!! 待ってくださいよ!」
 叫ぶペンドラゴンの輪郭がぼやけたかと思うと、カラスとなっていた。一声甲高く鳴くと、すでにかなり小さくなった大鷲の姿を追い、飛び立った。
 眼下に広がる彼らの世界を見下ろしながら、二羽の鳥は闇空を飛んでいく。
 冥府、魔界、黄泉、地獄。この世界の呼称は一つではない。だが、どんな名で呼ばれようとも、その世界観は共通している。――死者の世界。命を終えた地上の人間たちの中で、悪い行いをしたと判断された者の魂が堕ちてくる世界である。
 コズウェイルは、この世界で伯爵位を賜る貴族だった。この世界――彼ら自身は、冥界という名を好んで用いるのだが――の貴族は、通常死神と呼ばれる。その家臣たちが、いわゆる悪魔や使い魔である。
 冥界の貴族は、およそ二十名ほど。それぞれが配下を持ち、少しでも上質の人間の魂を手に入れようと、日々駆け引きを繰り返している。
 コズウェイルは、一軒の屋敷へと降り立った。
 貴族たちの中で、最も彼と気の合わぬ人物の屋敷である。
「本来ならば、このような所に来たくもないのだが」
 大鷲から人の姿に戻ると、玄関の前に立った。彼を待ち受けていたかのように、扉が重々しい音を立てて開く。ようよう追いついたペンドラゴンが、怯えたように彼にピタリと寄り添ってきた。
「これはこれは。コズウェイル様。本日はいかなるご用件でございましょう」
 中から出てきた牛頭人身の下男が、うやうやしく挨拶をする。が、コズウェイルはちらりと一瞥をくれただけで、勝手にどんどん奥へと入っていった。
「こ、困ります。我が主はただいま休んでおりますので……」
「アベリアル! 火急の用だ」
 下男の言葉を遮って、コズウェイルは叫んだ。その声に応えるように、目の前の豪華な細工を施した扉がゆっくりと開く。
 部屋の中には、一人の女が立っていた。血のように赤いドレスに身を包んだ、美しい女。コズウェイルを見ると、妖艶な笑みを浮かべる。
「あなたがそんなに声を荒げるなんて、珍しいわね。銀鷲」
「私とて荒げたくはないのだがな。お前が荒げさせているのだ」
 コズウェイルは、ずかずかと部屋に踏み込み、アベリアルと向き合った。
「何か飲み物でも?」
「いらぬ。用件だけ言えば、帰る」
「何かしら?」
 分かっているくせに問うてくる。この蛇女め、とコズウェイルは心の中で吐き捨てた。
「あのネイヴァとかいう黒猫を、今すぐに呼び戻せ。どれだけ邪魔をすれば気がすむのだ」
「あら」
 心外な、といった風にアベリアルは片方の眉を上げて見せた。
「私は邪魔をしろなんていった覚えはないわよ。あの子が勝手に遊んでいるだけよ」
「黙れ。家臣の悪行は主の悪行だ。知らぬ存ぜぬでは、済まされぬ」
「いくら主でも、家臣の行動すべてを指示できるわけじゃないわ。私はただ、あの子に様子を見てくるように言っただけよ。あなたの大事なあの二人の様子を、ね」
「………」
 コズウェイルの怒りなど、どこ吹く風といった様子で、アベリアルは笑う。
 張り詰めた沈黙。
「――アベリアル」
 腰に下げたレイピアを握りしめ、コズウェイルは静かに言った。
「百歩譲って、あの黒猫のことはいいとしよう」
 その声色の変化に、さすがにアベリアルも笑いを消した。
「あの子供に、どれだけ力を貸したのだ?」
 ほんの一瞬、アベリアルの顔が引きつった。コズウェイルがそれを見逃すはずもない。
「……何のことかしら?」
「今更とぼけるな」
 二人は、静かににらみ合った。
「ここ最近、あの子供の所在が掴めぬ。お前が今まで以上にやつに力を貸したとしか思えぬのだ」
「………」
「アベリアル」
 コズウェイルは、怒りを吐き出すように大きくため息をついた。つとめて冷静になろうと試みる。
「なぜ、あの子供に力を貸したりする?」
 アベリアルは、先程までの動揺を覆い隠すように冷笑を浮かべ、彼の苦悩を見つめた。
「なぜですって?……そうね。あえて理由を挙げるとすれば、あなたの困った顔を見られるから、かしら」
「なんだと……」
 コズウェイルの顔がびくりと引きつる。追い出したはずの怒りが再びこみ上げてきた。額に青筋が浮かび上がる。
「この性悪の蛇め!他人(ひと)の契約者にいらぬ手出しをするな!!」
 滅多にないコズウェイルの激昂に、アベリアルは面白そうに目を輝かせた。そして、追い討ちをかけるように一言。
「裏切られたくせに」
「なっ……」
「いい? あの歪んだ少年があなたを欺いた時点で、契約は破棄されているのよ。あの少年は、あなたの契約者でもなんでもないわけ。私が何をしようと自由よ」
 コズウェイルは言葉につまり、唇を噛んだ。たしかに、彼女の言うとおりなのだ。死神と人間の契約は、どちらかが裏切った時点で破棄されたとみなされる。ただ、死神は元々自分に有利になるような契約しか結ばないし、よほどの人間でなければ死神を裏切ろうなどとは思わないはずなので、そのような事はほとんど起こらないはずなのだが。
「……私はあきらめぬぞ。必ずあの子供を探し出し、おのれの犯した大罪をあがなわせてやる」
「黄昏人を使って?」
 アベリアルの問いかけに答えず、コズウェイルは背を向けた。傍らにまとわりつく小柄なペンドラゴンを邪険に追い払い、足音荒く屋敷を出る。
「ペンドラゴン!」
「は……はいっ」
「ひきつづき、ゼフィオンたちの様子を報告しろ。私は、今一度あの子供の所在を探る。分かり次第連絡を入れるぞ」
「は……」
 ペンドラゴンは、何か言いたそうな素振りを見せたが、思い直したように一礼すると、カラスとなって飛び去った。
 後方の屋敷を睨みつけると、コズウェイルもまた大鷲となり空に舞う。
 闇の中を飛ぶコズウェイルの脳裏に、一人の女の記憶が浮かんだ。
 穏やかな太陽の下にある世界。
 その気だるく平和な空気の中に、横たわる女。
 黒褐色の髪と青灰色の瞳、そして血に染まった身体。
 女の射抜くような激しい瞳から、流れ落ちた一筋の涙。
 あの涙を今でも忘れることができない。
(黄昏人……か)
 コズウェイルは小さくつぶやく。
 眼下の街。悪魔や妖魔に混じって、奴隷となった死者たちの姿が見える。
 鋭い音を立て、銀の大鷲は羽で空を切った。
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