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2014.06.06(Fri):黄昏人
 第二章 三話
【More...】

「どこから探す?」
 とりあえず宿に戻った二人は、サニト・ベイの行方について相談をすることにした。
 聖都カスラムは、かなり大規模な街である。それを隅々まで調べるのは、不可能に等しい。
「もしかしたら、もうこの街から出ているのではないか」
 ゼフィオンが、床に広げたカスラム市街の地図を睨み、眉をひそめる。
「ひとつところに留まっているような性格ではあるまい」
 だが、アスレシアは小さく首を振った。
「たしかに、奴はずっと腰を据えるような男じゃない。しかし、それ以上に他人の不幸を見ようとする悪癖がある」
「ということは」
 アスレシアは肯くと、一点を指差した。
「この街にいると思う。――恐らく、ジルベールの周辺に」
 地図上でもひときわ目を引くジルベールの広大な屋敷。
「では、俺たちがジルベールと会っていたときも、奴はいたというのか?」
 信じられぬとゼフィオンの表情が語る。アスレシアは少し目を閉じ、ジルベールの屋敷の様子を思い返した。
 数え切れぬほどの彫像や絵画、薄暗い廊下。少年が潜む場所は、いくらでもある。
「きっと、どこからか私たちを見ていたはずだ」
 アスレシアは言い切った。だが、ゼフィオンは納得いかぬ表情を崩そうとはしない。
「しかし、あの屋敷に人の気配は全くなかったぞ。俺もお前も人間よりは敏感なはずなのに、気づかぬ事があるか」
 ほんの一瞬、アスレシアの顔に翳りが走った。しかし、彼女はあえて何も言わなかった。
「もう一度、ジルベールの屋敷に行って調べてみた方がいいだろうな。何しろ、あいつはもう……普通の人間ではないのだから」
 アスレシアのつぶやきに、ゼフィオンは長くため息をつくと、大げさに首を振った。
「まったく……厄介な事をしてくれたものだ。冥界の伯爵ともあろう方が」
 魔力というものがどれほどまでに大きな力を持つものか、アスレシアには分からない。しかし、今までの常識や予測が全く通用しなくなったというのは、紛れもない事実である。
「皮肉なものだな」
 唇を歪め、アスレシアは笑った。
「何がだ」
「私は、あいつのせいで人ではなくなった。だが、そのおかげであいつの後を追える。人でなくなったあいつと……戦うことができる」
「………」
「それが……幸か不幸かはわからないがな」
アスレシアは過去の記憶を探り当てるように、そっと左胸に手を置いた。
黄昏人。
 それは、昼と夜の間、すなわち人間と魔族の間に属する者。ゆえに彼らは黄昏人と呼ばれる。相容れぬ二つの種族の血を一つの体内に持つ存在。言い方を変えれば、それはどちらにも属する事ができぬ存在となる。
 己が半人半魔となったことが、幸なのか不幸なのか。それは、常に彼女の心に巣食っているものだ。ともすれば呑み込まれそうになる、底の見えぬ闇。
 自嘲気味に乾いた笑いを落とし、アスレシアは立ち上がった。ゼフィオンは、何と答えたものか少し迷った後、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「それは、先になれば分かる事だ。今、答えを求めても仕方がない。……とにかく、今できることをした方が良いだろう」
「ああ」
 アスレシアは、まず、今の自分に何ができるかと自問してみた。
(簡単な事だ)
 ジルベールの屋敷に行き、サニト・ベイの手掛かりを探す事。それしかない。
 二人は、剣を手にすると静かに部屋を後にした。

 ジルベールの屋敷に足を踏み入れると、門には先程彼らを案内した私兵が立っていた。二人の姿を見ると、ちょっと驚いた顔でどうしたのかと訊ねてくる。
 詳しい事情を話しても、この男たちには分かるまい。アスレシアは、もう一度確認したい事があると、ありきたりな返事をして男たちをやり過ごし、屋敷の中へ入った。
 薄暗い廊下に立つ。もの言わぬ彫像と絵画の中の人物たちが、睨みつけてくるような錯覚に陥る。
「隠れていたとすれば、この辺りか」
 ゼフィオンが手近な彫像の頭を叩いた。何とも安物くさく軽い音に苦笑する。
 ひとつひとつ確かめながら、アスレシアとゼフィオンは廊下をゆっくりと歩いていった。
 古の賢者、伝説の王、得体の知れぬ魔獣……。アスレシアにとっては、何の興味も沸かぬ代物だ。彼女でさえそうなのだから、冥界の住人であるゼフィオンなど、何をか言わんやである。乱暴に叩いたり、無遠慮に手を触れたりしていた。
「子供一人が隠れるには、もってこいだろうが……」
 いまだ納得がいかぬ、とゼフィオンの口調は語っていた。その言い方に、アスレシアはふと思い当たる。どうやら、彼は少なからず自尊心を傷つけられているらしい。いくら魔力を与えられたとはいえ、人間の子供に出し抜かれたと認めるのが嫌なのだ。アスレシアは、悪い事をしたなと内心思いながら言った。
「サニト・ベイを子供扱いすると、痛い目を見る。……奴は、普通の人間などは到底及ばない知識と考えを持っているから」
「まあ、常人でない事は、十分承知しているさ」
 なにしろ、コズウェイル様を欺いたのだ、と、ゼフィオンは自分に言い聞かせるようにひとりごちた。
 ちょうど、廊下の真ん中辺りに差しかかる。
 アスレシアは、何気なく壁の絵画に近づいた。燭台と燭台の間にあるせいなのか、その絵画だけ他のものに比べ灯が届いておらず、暗い印象を受けた。
「……?」
 それは、何の変哲もない貴婦人の肖像画だ。技法も色使いも、さして目に留まるものはない。なぜ、これが飾られているのか。アスレシアは首を傾げて絵の前に立つ。そろりと手を伸ばして触れようとした。――刹那。
「触るな!!」
 ゼフィオンが大声で叫び、彼女の腕を強く引いた。何事かと問う間もなく、ゼフィオンに抱かれるようにして絵画から引き剥がされる。
「な……」
 密着したゼフィオンの身体の奥から、低い唸り声が響いてきた。もう一つの姿になろうとしているのだと悟り、慌てて彼を見上げた。
「……やはり、お前のいったとおりだったな。サニト・ベイはいたぞ」
「ゼフィオン!待て、ここで姿を変えては……」
「分かっている。だが、抑えきれぬ。くそ……。吐き気がする。この気配に身体が勝手に反応してしまいそうだ」
 アスレシアは、絵画を見た。そして、思わず息を呑む。
 ――禍々しい光が、絵の中で微笑を湛える貴婦人の目から発せられていた。それは、血のように赤く、見るものを射すくめるような光。
「何だ……これは」
「魔石だ」
 フーッフーッと喉を鳴らしながら、ゼフィオンは答えた。額に脂汗が浮かび、懸命に抗っているのが分かる。
「魔石……」
「恐らく、これを使って奴は俺たちの行動を見ていた……。いや、今も見ている。そうだろう?呪われた王子」
 ゼフィオンの呼びかけに、光は一瞬鋭く瞬いた。それから、ぐにゃりと空気が歪む。
「………!!」
 虚空の中から白い腕が現れた。つづいて、金色の美しい髪、鳶色の瞳。少女かと見まがうような、整った美しい顔。
「殿下……」
 無意識のうちにかつての呼称を口にしてしまった事に気づき、アスレシアは慌てて口を閉ざした。
 朱色の形の良い唇がニタリと笑う。ずるり、と生まれ落ちるように身体が現れ、絵画の前に立った。
「思ったとおり、餌を撒いたらすぐに飛びついてきてくれた。――久しぶりだね、アスレシア。あの日以来かな」
 少年と青年の間にある若々しい声。アスレシアは、反射的にゼフィオンの身体から飛び離れ、剣を引き抜いた。
「貴様……!」
「ふふふ。すぐに剣を抜くのは、半魔になっても変わらないようだね」
 アスレシアの顔が怒りに歪む。
「貴様は、半魔になって性格の悪さに磨きがかかったな」
「失礼だなあ。……僕は半魔なんかじゃない。れっきとした人間さ。お前と一緒にしないでくれ」
 ああ言えばこう言う。口の立つのは昔からだ。アスレシアは、会話を打ち切る事にした。これ以上話しても不快感が増していくだけだ。
「とにかく。あの時の恨みは晴らさせてもらう!」
 剣を構える。同時に、傍らにいたゼフィオンが鋭い咆哮を上げ、黒狼の姿となった。
 二人は、目の前に立つ少年に襲いかからんとした。
その時だった。
「ゼフィオン。アスレシア。無駄だ」
 一つの声と共に、黒い影がゆらりと姿を現した。
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