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2014.06.06(Fri):黄昏人
 第二章 四話
【More...】

 漆黒のマントと銀色の髪が、アスレシアの前に立ちはだかった。
「コズウェイル……」
「グォゥ」
 狼となったゼフィオンが、戸惑ったように唸る。その姿にちらりとコズウェイルは目をやると、
「魔族の負の感情をここまで引き出すとは、たいした力だな。サニト・ベイ」
「これはこれは」
 サニト・ベイは、おどけたように一礼してみせた。
「誰かと思えば、冥界の死神コズウェイル殿ではありませんか。本日は、いかなるご用件で?」
 挑発的なその態度にコズウェイルは顔をしかめ、アスレシアに言った。
「こいつは身代わり人形だ。魔石は一時的に離れた空間をつなぐ。やつはそこからこいつを投げ入れたのだ。これを斬ったところで、サニト・ベイ本人は全く傷つかぬ」
「……卑怯な」
「あいにく、お前たちとは、少しばかりここが違うものでね」
 人差し指で、自分のこめかみをつつく。なぜ、こうもひとつひとつの動作で人を挑発するのか。アスレシアは歯噛みした。
「魔石や身代わり人形を作る力など、どのようにして手に入れた。アベリアルは、ごく基本的な力しか与えなかったようだが」
 コズウェイルが問う。サニト・ベイは、待ってましたとばかりに胸を張って、得意気な表情になった。
「僕の中で力を育てたのさ。実際、魔力なんて精神一つでどうにでもなるんだから」
「……なるほど」
 コズウェイルの顔が険しくなる。
「確かに、お前は悪魔としての資質を十二分に備えているようだ。アベリアルが私の邪魔をしてまで欲しがるのも無理はない」
「誉めていただいて光栄だよ。でも、僕の魂は誰にも渡すつもりはない。たとえ何十年先でもね」
「アベリアルをも欺くつもりで、力を借りたというわけか」
「どうだろうね。その辺りは想像にお任せしよう」
 ふわり、とサニト・ベイは空中に浮いた。アスレシアたちを見下ろして、嗤う。
「さあ、挨拶はこの辺で終わりにしよう。また、“鬼ごっこ”の続きを始めようじゃないか」
「なんだと……」
 サニト・ベイはくすくすと喉の奥で嗤う。なまじ整った顔をしているだけに、そうした笑いを浮かべると、一層他人を見下した表情になる。
「僕は楽しくて仕方がないんだ。大陸中を舞台にした鬼ごっこなんて、わくわくするだろう?」
「ふざけた事を!」
 アスレシアは、再び剣を持つ手に力を込めた。無駄だとは分かっていても、一度は斬りつけなければ治まらない。
「僕の居場所は、死神殿がある程度突き止めてくれるだろう。早く僕を捕らえてみるがいい。ま、僕もそう簡単に捕まるつもりはないからね。いろいろと手は打たせてもらうけれど」
「おのれぇッ!!」
 アスレシアの渾身の一撃がサニト・ベイを襲った。軽い手応えと共に、木製の人形が真っ二つに割られて地面に落ちた。勢い余った剣は、そのまま隣にあった彫像を砕く。
「ははは……。予想通りの反応を見せてくれてありがとう、アスレシア。じゃあ、僕はこの辺で失礼するよ。今日は君たちの顔を見るだけのつもりだったからね。それに、伯爵殿もあまり長い時間こちらの世界にいると、まずいだろうから」
 サニト・ベイの姿はもう見えなくなり、声だけが廊下に響いた。
 ぐにゃりと空気が歪み、再び静寂が訪れる。もはや、肖像画の瞳は、光ってなどいなかった。何事もなかったように、陰気な静寂があるだけだ。
「……申し訳ございません」
 サニト・ベイが消えたとたん、ゼフィオンは姿を戻し、荒い息をついた。コズウェイルは、少し笑ってみせただけだった。
「奴は、今どこにいるんだ?伯爵」
 アスレシアは、足元に散った彫像の破片を荒々しく踏みつけ、問うた。
「さあな。今はまだ分からぬ」
 コズウェイルは、そっけなく言い放つ。アスレシアは詰め寄った。
「なぜ分からない。仮にも高位の魔族だろう。一人の人間の居場所など、すぐにでも分かるんじゃないのか」
「サニト・ベイは、魔力を使って予想以上に強力な結界を張っている。健康な人間である上に結界を張られては、そう簡単に居場所を突き止めることができぬのだ。それと、もう一つ……」
 コズウェイルは眉をしかめ、自分の手を見つめた。
「純血の魔族は、人間界に長時間いられない。どんどん魔力が失われていくのだ。だから、お前たち黄昏人に頼るのだよ。お前たちは人間の血を持っているから、魔力を失う危険はない」
「………」
「とにかく」
 大きくため息をつくと、コズウェイルはマントを撥ね上げた。
「奴の現在の居場所を知るには、一度戻らねばならぬ。今は非常に強い気を感じたので急いで来てみたが、案の定身代わりだったしな……。分かり次第ペンドラゴンを遣るから、それまでにここの主の始末をつけておくがいい」
 その言葉に、アスレシアはようやくジルベールの事を思い出した。
「あの男もなかなかの悪人だな。魂が落ちてきた折には、名乗りを上げてみる事にしよう」
 コズウェイルは冗談めかして言うと、ふいと姿を消した。
 残されたアスレシアとゼフィオンは、顔を見合わせる。そして、同時に踵を返すとジルベールの部屋に駆け込んだ。

「ジルベール殿」
 ノックもせずに扉を開ける。そこには、あのおぞましい化物の姿はなく、代わりに一人の太った中年男が立っていた。侍女に手伝わせて衣服を身につけている最中のその男は、どことなく先のあの化物の面影を残している。
「元に戻ったのか」
 ゼフィオンの言葉に、ジルベールは渋い顔でうなずいた。
「いつ戻った?」
「つい先程だ。派手な音が廊下から聞こえて、その途端、嘘のように元に戻った」
 恐らく、身代わり人形をアスレシアが斬ったときだ。一瞬だけサニト・ベイの魔力が緩み、その弾みで解けたのだろう。
「そうか……。まあ、元に戻ってよかった」
ゼフィオンがにやりと笑った。その顔をみて、アスレシアも思い出す。そうだ。これで一応依頼は果たしたのだから、報酬を貰えるはずだ。
だが、ジルベールは渋面を崩さぬまま二人を上目遣いで睨むと、二人の心を見透かしたように、きっぱりと言った。
「悪いが、報酬は出せんぞ」
「なんだと!?」
ゼフィオンは身を乗り出して叫ぶ。
「あれがお前たちの力であったという証拠がない。証拠がないのに払えるものか」
「馬鹿な!あれは、どう考えても俺たちの力だ!たった今、そこの廊下で……」
「儂は見ておらんからな」
「こっ……こいつ……」
ゼフィオンは怒りで拳を振るわせる。アスレシアは、声を低めて囁いた。
「この男、初めから報酬を払う気などなかったのだろう」
ジルベールの狡猾そうな顔を眺める。商売で成功して私兵まで持つようになるには、これくらいの悪どい性格でなければ無理なのかもしれない。仕事案内所で、ジルベールに関わるのは止めておけと言った男の言葉を、今更ながら思い出した。
「報酬は払わん。いや、それよりも廊下の彫像を壊したろう。弁償してもらわなければいかんな」
アスレシアは呆れて言葉も出なかった。だが、このままおとなしく引き下がるつもりもない。何しろ、路銀は底をつきかけているのだ。
ゼフィオンと目を見交わす。考えている事は同じだ。
ジルベールが、机の上にあった鈴を振った。部屋の奥にあった小さな扉が開いて、十数人の私兵たちが飛び込んでくる。ずっと潜んでいたようである。用意のいいことだ、とアスレシアは内心嘲笑った。
「こいつらを縛って牢に入れろ」
ジルベールの命令に、私兵たちが一斉に襲いかかって来た。
アスレシアとゼフィオンは、同時にため息をつくと、素手で私兵たちを迎え撃った。馬鹿馬鹿しくて、剣を抜く気にもなれなかったのだ。
次々と兵士を殴り飛ばし、蹴り上げる。先のサニト・ベイとのやり取りで、二人ともおおいに怒りが溜まっていた。その怒りの矛先を容赦なく私兵たちに叩きつけていく。
ものの数分も経たぬうち、部屋には静寂が戻った。
二人は、顔面に二つの拳を受けて気を失ったジルベールの巨体に、並んで腰を下ろしていた。
周囲には同じように兵士たちがぐったりと倒れている。
「……そういえば」
座り心地が悪いな、と内心思いながら、アスレシアは言った。
「お前はずっと人間界にいるが、純血の魔族ではなかったのか」
「ああ、お前には言ってなかったな」
ゼフィオンは笑う。
「俺も黄昏人だ。お前とは、少々毛色が違うがな。……俺の母親は、人間なんだ」
「混血(ハーフ)か」
 ゼフィオンは小さく肯く。そして、ポツリポツリと区切るように話した。
「……黄昏人が幸か不幸か、それは分からない。生まれたときから黄昏人だった俺でも、答えは出ない。お前が黄昏人となり、サニト・ベイを追うことになったのが幸か不幸か。それは、お前の行動と心一つで決まっていくものだ、と思う」
(そうか。それで……)
今できる事をしたほうが良い。そう言い切ったときのゼフィオンの表情を思い返した。
「――何がおかしい?」
言われて、アスレシアは自分が微笑んでいる事に気づいた。
「いや、別に。少し……嬉しいだけだ。こんな近くに黄昏人がいるとは思わなかったから」
彼女の言葉に、ゼフィオンも微笑んで肩をすくめる。
「とりあえず、今できることをするか」
「そうだな」
二人は視線を落とした。
まずは、当分困らぬだけの報酬を手に入れることにしよう。
その後のことは、それからだ。

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