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2014.06.18(Wed):黄昏人
 第三章 一話
【More...】

轟々と音を立てる渓流。
 その傍らで、小さな焚き火を起こす二人の旅人の姿があった。
 一人は、黒みを帯びた褐色の長い髪と青灰色の瞳の女。もう一人は、漆黒の髪と瞳を持った長身の男。言うまでもなく、女剣士アスレシアと黒狼の射手ゼフィオンである。
 聖都カスラムを後にした二人は、今進路を南東にとる。
 目指すのは水都ジャルブ。聖都を出た彼女たちは、その後すぐに冥府の伯爵コズウェイルから連絡を受け、目的の少年の気配がジャルブの近郊にある事を知ったのだが……。
「近郊というのは、どういう事だ」
 焚き火を荒っぽくかき回して、アスレシアは言った。火の粉が怒ったように舞い上がる。
「どういう……と言われても困る。言葉のとおりジャルブ近辺に奴はいる、ということだろう」
「街の中じゃないのか」
「そうだろうな。……俺に聞かれても、これ以上は答えようがない」
 ゼフィオンも困っているのがよく分かり、アスレシアは、それ以上追求するのをやめた。
冥府の貴族たちは死神と呼ばれ、大いなる魔力を持つ。人間の所在を知るのも易々とやってのける。だが、その人間というのが問題だった。彼らがはっきりと知ることができるのは、死が近づいた人間、もしくは死んだ人間なのだ。健康な人間の所在となると、途端にその力は弱くなる。時に健康な人間の元を訪れ、契約を取り交わすこともあるが、それとて人間が描いた魔法陣と儀式によって呼ばれるからこそ、正確に位置をつかむ事ができるのである。
(結局は、私たちが地道に追っていかねばならないというわけか。まったく、死神などと大げさな名乗りをする割には……)
コズウェイルを主とするゼフィオンの手前、露骨に非難はできず、心の中で文句を言う。本当のところを言えば、アスレシア自身もコズウェイルの手下(てか)というべき存在であるのだが、彼女自身はそれを認めていない。
「近郊といっても広いからな。少しずつ探すか……。明日にでも、もう一度コズウェイル様に訊いてみよう。もう少し場所が絞れているかもしれぬ」
何とも頼りないことだな、とアスレシアはもう一度心の中で文句を言うと、小さく肯いてマントに身を包んだ。もう眠るとの意思表示だ。ゼフィオンはすぐに彼女の意思を汲み取り、己もマントをかき寄せた。
赤い炎が二人の顔を照らす。アスレシアは、静かに目を閉じた。

どれくらい眠ったのか。
アスレシアは目を開けた。
周囲を見回す。――まだ、夜は明けていない。それほど時間は経っていないようだった。焚き火を挟んで向かい側にいたゼフィオンが、音もなく立ち上がると、長弓に手を伸ばした。
激流の響きが周囲の物音をかき消す。だが、只ならぬ気配が近づいてくるのは明らかだった。アスレシアも剣を抜く。
「上か!」
上流の岩場に影が走った。ゼフィオンが素早く矢をつがえ、弦を引き絞る。
岩の合間を這うように、影が二つ下りてきた。アスレシアとゼフィオンは、眼光鋭くその動きを見極めようとする。
「……女だな」
ゼフィオンがつぶやくと弓を下ろした。その行動にアスレシアは眉をひそめた。
「女だからといって油断をするな。私のような女かもしれないぞ」
「女だから弓を下ろしたのではない」
ゼフィオンは弓を傍らに置き、腰の剣を抜いた。相手が何者かも分からぬうちに矢を放つわけには行かない。接近戦の構えである。
「追われている」
「なに」
アスレシアは、再び目を転じた。二つの影は、もつれ合うようにして岩場を下りてくる。その後方から、さらに複数の影がやってくるのが見えた。
「助けて!!」
女の悲鳴が、水音の中切れ切れに聞こえた。岩を下りきった影は、真っ直ぐに焚き火を目指して駆けてくる。どうやら、遠くからこの焚き火を目標にしていたようだ。
二人とも若い女だった。焚き火の元まで来ると、それぞれアスレシアとゼフォンに抱きついてきた。
「あいつらに追われているの! 助けて!!」
アスレシアの身体に両腕を巻きつけ、一人が叫んだ。黄白色の肌に黒い髪。その顔立ちから見て、東方の生まれであるらしい。一方、ゼフィオンの後ろにいる方はというと、この辺りでもよく見られる、ごく平凡な白い肌と栗色の髪をした華奢な女だった。
二人は、女の指差す先に目をやった。追手たちも迷うことなくこちらに歩いてくる。程なく、その姿が火の明かりに映し出された。
「……なんだ。貴様ら」
ゼフィオンが戸惑いながら言った。その反応も無理はない。恐らく、それは、彼が初めて目にするものなのだ。――白色の貫頭衣と胸には奇妙な蛇の紋章。そして、顔には覆面。各々、剣や短弓を手にしている。
見るからに怪しい姿である。だが、アスレシアはそのような姿を見たことがあった。まったく同じというわけではないが、失われし故国ガルバラインに騎士として仕えていた頃、彼女はこういう姿の者たちを見、そして斬ったことがある。
(邪教崇拝か……。厄介だな)
漂ってくる香のような匂いに眉をしかめた。
追手たちは、焚き火の手前でピタリと立ち止まる。中から一人の小柄な男が前に進み出てきた。
「その女を渡してもらおう。大切な生贄だ」
女たちは怯え、二人の背後で身を縮める。背中に彼女たちの恐怖の震えが伝わってきた。
「あいにく、嫌がり怯えている者を素直に渡すほど、悪人にはなれない」
「ふ……。神を冒涜する痴れ者め」
アスレシアの返答を十分予期していたのだろう。小柄な男は、さして感情を爆発させる風でもなく淡々と言った。
「仕方あるまい。力ずくで渡してもらう」
男が手を振ると、狂信者たちは無言のまま一斉に斬りかかってきた。アスレシアとゼフィオンは、女たちを背に庇いつつ剣を振るう。
またたく間に数人を切り伏せる。まったく剣術の基礎もできていない烏合の衆ばかりであったので、あっさりと片がつくと思われた。小柄な男は、次々と倒れて行く部下を見て焦りを感じたようだ。手にしていた杖を激しく打ち鳴らし、叫んだ。
「ええい! 何をしている!! デル=タルス様がお怒りになるぞ!!」
それは、部下たちを鼓舞しようとして出た言葉だったのだろう。だが、それに鋭い反応を見せたのは、狂信者たちではなく――。
「なっ……!」
アスレシアは凍りついた。
デル=タルスという奇妙な名を耳にすると同時に、思い出したくもない顔が彼女の頭の中で嗤ったのだ。それは、カスラムの仕事案内所の時と、まったく同じ感覚だった。
思わず動きが止まり、意識が周囲の敵から逸れた。ほんのわずかの時間とはいえ、完全に無防備になる。ハッと我に返った途端。
背に焼けるような痛みが走った。
振り返った彼女は、矢が己の背に突き立っているのを認めた。抜こうと腕を回したが、立て続けに二本の矢が食い込む。
「う……」
耐え切れず苦痛の呻きを上げて、アスレシアは膝をついた。背後に座り込んでいた女が悲鳴を上げて彼女にしがみつくと、大丈夫かと問うてくる。
「大……丈夫だ……。それよりも、ゼフィオンの元へ……」
痛みを堪えて声を振り絞ると、彼の状況を見ようと顔を上げる。
ゼフィオンは、激流の淵で、女を庇いつつ複数の狂信者を相手に懸命に剣を振るっていた。アスレシアは、何とか彼の元へ女を行かせようと口を開きかけた。
だが、その瞬間である。
信じがたいことが起きた。
不意に、ゼフィオンの後ろにいた女が動くのが見えた。女の手が彼のマントに伸ばされる。そして、あろうことか後方に力一杯引っ張ったのだ。
あまりに突然の出来事に、アスレシアは何が起こったのか理解できなかった。痛みでかすむ視界の中で、ゼフィオンは大きくバランスを崩し……。
「ゼフィオン!!」
アスレシアの叫びも虚しく、ゼフィオンの姿は彼女の視界からふつりと消えた。ややあって、大きな水音が響く。
「馬鹿め! 夜にこの流れに落ちては助かるまい!」
呆然とするアスレシアの横で、小柄な男が高らかに笑った。
「残念だったな、女。連れ合いは、お前を残していってしまったぞ」
アスレシアは、肩で大きく息をつきながら男を睨みつけた。背後で槍が交差してガッチリと彼女を地面に張りつけた。
「勇ましく美しい女よ。お前は、生贄に相応しい。……ちょうど一人いなくなったことだ。お前をデル=タルス様に捧げるとしよう」
小柄な男は、陶酔した様子で言った。またもサニト・ベイの顔と嗤いが頭を支配して、アスレシアの背筋が冷たくなる。それは、先程よりも明らかに鮮明で強いものだった。
(デル=タルス……)
その邪神の裏側にサニト・ベイの影がある。アスレシアは確信した。
「連れて行け」
身体を縄で縛られ、屈強な男に担がれる。黒髪の女も同じように囚われの身となった。
アスレシアは不安と動揺を振り払うように目を閉じた。哀れな黒髪の女の泣き声を残し、白い衣の奇怪な集団は、森を去った。
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