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2014.06.18(Wed):黄昏人
第三章 二話
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 コズウェイルの面は、いつもより青白く引きつっていた。その只ならぬ雰囲気に、いつもならからかいの一つでも口にするアベリアルも黙り込んでいる。
「どうしてくれるのだ」
 言葉そのものは、いたって冷静である。だが、その目は明らかに彼女を責めていた。
「……どうすればいいのかなんて、私にも分からないわよ」
 半ばふてくされたように、アベリアルは答えた。事実、そうなのだから仕方がない。黄昏人の探し方など知るはずもない。
 アベリアルは、純血の魔族であることに非常に誇りを持っている。敵対する天界の神や天使たちは憎むべき存在だし、地上の人間どもは魂を管理するいわば家畜のようなものだ。そして、その中間に位置する混血者たちの存在は、彼女にとって、どうでもよいものなのである。
 人間界に何かと関わりを持つことが多い死神なので、魔力を失わずに人間界に長く留まれる黄昏人がいれば、便利なのだろうとは思う。だが、彼女はあくまでも純血の魔族にこだわっている。理屈などない。それが彼女の主義なのだ。
「もう少しすれば、自分で帰ってくるんじゃないの?」
 アベリアルは何気なく言ってから、それが失言であると気づき口を押さえた。しかし、コズウェイルにはしっかりと届いていた。馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「毎日酒ばかり飲んで、着飾る事しか考えていないのがよく分かる」
「うるさいわね。少し忘れていただけよ」
 アベリアルは、苦い顔をして杯をあおった。
「黄昏人は自力で冥界と人間界を行き来できない。……純血の魔族に呼び戻してもらうか、付き添ってもらうかしなければ、駄目なんでしょう」
「ふん。偉そうに言うような事ではない。魔族ならば子供でも知っている」
「悪かったわね。子供以下で」
 不機嫌なコズウェイルを見ながら、アベリアルは、これは本当にまずいかもしれないと感じ始めていた。突如として行方がわからなくなってしまった黄昏人のゼフィオンという男を、コズウェイルはずいぶんと可愛がっているのだ。
「あの黒狼の青年がいなくなったのも……やはりあの子供のせいなの?」
 おそるおそる訊ねた。あの子供――サニト・ベイという名の人間の子供である。たった十五かそこらで、契約を結ぶためにコズウェイルを呼びだす程の知識を持った少年だ。しかも、あろうことか土壇場になってコズウェイルを欺き、裏切った。そして、現在大陸中を逃げ回っている。“鬼ごっこ”と称して楽しみながら。
(たいした子供だわ……)
 人間を家畜と呼んでいるアベリアルも、認めざるを得なかった。稀に見る悪魔の資質を備えた少年といえよう。だからこそコズウェイルは契約に応じたのだろうし、自分も彼を出し抜いて魂を貰う契約を取り付けようと、少年に魔力を貸し与えたのだ。結果として、その目論見は見事に外れてしまったのだが。
「あの子供のせいだと言いたいところだが……。どうも違うような気がする」
 コズウェイルの声に、アベリアルは現実に引き戻される。自分が問いかけておきながら物思いに囚われていたのかと、思わず苦笑した。
「サニト・ベイの気配があることは確かだ。しかし、ペンドラゴンが木々の記憶を見たところ、ゼフィオンは庇っていた女によって河へと落とされたらしい。その女もろともに」
「その女がサニト・ベイに操られていたとか?」
「違うな」
 コズウェイルは、あっさりと否定した。
「サニト・ベイの眼中にあるのは、私とアスレシアだ。ゼフィオンは、やつにとって単にアスレシアの同行者という存在に過ぎぬ。わざわざ狙う理由がない。それに……」
 コズウェイルは、丁寧に後ろに撫でつけた銀髪を荒っぽくかきむしると、
「一切ゼフィオンの気が感じられなくなったというのが、どうにも解せぬ。いくら人間でもそこまではできぬはずだ。もしも、サニト・ベイ一人の力でこんな事をやってのけたとしたら、あいつは……本当に化け物だぞ」
「たしかにね」
 完全にお手上げだわ、とアベリアルは内心つぶやいた。あの物静かな好青年は、諦めるしかないだろう。その気になれば黄昏人などいくらでも作る事ができるのだ。――あのアスレシアという女のように。
 アベリアルは慰めるつもりで、コズウェイルに言った。
「まあ、本当に死んだのかもしれないし……。黄昏人は、私たちほど強くはないでしょう。寿命だって人間とそれほど変わらないしね」
「不吉な事を言うな。死神がそれを言っては、洒落にならん」
「でも事実じゃない。また新しい黄昏人を手に入れれば済む話よ」
「………」
 コズウェイルは、腹の底から深いため息を吐いた。その沈痛な面持ちから、相当大きな痛手を受けているのが分かる。
「アベリアル。とりあえず、これだけは言っておく」
「なに?」
「こうなった原因の一端は、明らかにお前にある。これからは、奴を捕らえるために私に協力しろ」
「……分かったわ」
「アスレシア一人では、少々心許ない。剣の腕は立つが、魔力に対してはまったくの素人だからな。……時折でいい、あの黒猫の娘を人間界へ遣るようにしてくれ」
(この前までは、連れ戻せと言っていたくせに)
 だが、そんな事を言おうものなら、この神経質な伯爵殿は、怒り狂って何をしでかすか分からない。いかに他人を怒らせるのが好きな彼女であっても、今はやめておこうと素直に思った。何しろ、ここは彼女の屋敷なのだ。大切な調度品の数々を傷つけるわけにはいかないのである。
 コズウェイルが立ち上がった。これ以上ここにいても、何の進展も得られぬと判断したらしい。アベリアルは、珍しく彼を玄関まで送った。
 外に出たところで、コズウェイルはふと足を止めた。力なく彼女のほうを振り返る。
「見苦しいところを見せてしまったな。すまない」
「気にしてないわ」
 アベリアルは、肩をそびやかして答えた。この男に謝られるなど、何十年ぶりだろう。
「気が動転してしまっているのだ。……あいつが行方不明になるなど、想像もしなかったからな」
「あなたが家臣を大切にしているのは、よく分かったわよ」
「………」
 コズウェイルは、視線を上げてアベリアルを見つめた。その目がなぜか物言いたげなことに、アベリアルは気づく。
「どうしたの?」
「いや……」
 コズウェイルは小さく苦笑いをすると、背を向けた。そして。
「家臣……か」
 聞こえぬほどのつぶやきを残すと、大鷲の姿となって飛び去った。

*****

 後に残されたアベリアルは、何とも落ち着かぬ感情を抱きながら、自室へと戻った。
(ゼフィオンは特別だ、とでも言いたそうだったわね)
 手つかずのまま残されたコズウェイルの酒杯を取ると、一息に飲み干した。
 あれほどまでにコズウェイルを動揺させるゼフィオンとは、何者なのだろう。アベリアルも何度か会った事はあるが、特別目を引く存在ではなかったように思う。たしかに射手として腕前は一流だし、頭の回転も早い男だとは思った。穏やかで端正な顔立ちも好感が持てるものだった。しかし、そんなものは、コズウェイルにとって問題ではないだろう。そうすると、考えられるのは……。
「まさか」
 アベリアルは、眉をひそめた。
 たしか、あの男は生まれもっての黄昏人だと言っていた。魔族と人間の混血(ハーフ)だと。
「まさか……ね」
 もう一度同じ言葉を繰り返し、アベリアルは頭に浮かんだ考えを追い払う。
 ありえない。下級魔族ならばともかく、冥界の貴族と人間が交わり、そのうえ子を成すなど、あってはならぬ事だ。だが、考えれば考えるほど、それが確信へと変わっていくのを彼女は感じた。
 大きく息をつく。これ以上、その問題に関わるべきではない。アベリアルは、問題を切り替える事にした。
「元はといえば、私があの子供に力を貸したからなのよね。認めたくはないのだけれど」
 誰にともなく、言い訳めいた口調で言った。
「ゼフィオンを見つけるのは無理だけど、せめてアスレシアにだけでも協力してやることにするわ」
 そして、口の中で呪文をつぶやく。ほどなくして黒猫が溶け出すように姿を現した。アベリアルの前に出ると、若い女性の姿となる。
「お呼びですか。アベリアル様」
「お前に命令があるの。ネイヴァ」
 アベリアルが手で小さな印を組むと、空中に一振りの剣が現れた。それをネイヴァに指し示す。
「この剣を、あのアスレシアという女に渡してきて頂戴」
「これを? ――魔力の剣ではありませんか」
 ネイヴァは少し驚いた表情になったが、主の真剣な顔つきを見て、それ以上は口を開かなかった。
「その剣なら、あの娘でも少しはサニト・ベイと戦えるはずよ。いい? くれぐれも悪戯はしないようにね」
「かしこまりました」
 幾分不満そうに、ネイヴァは肯いた。
(剣の腕は相当だというし、後は何とか自分一人で解決なさいな)
 アベリアルは、脳裏に描いた女剣士の姿に話しかけた。
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