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2014.06.18(Wed):黄昏人
第三章 四話
【More...】

 足元が揺れた。
 大蛇の頭が、女の縛られた寝台の上に落ちたのだ。
 舞い上がる砂埃の中で、デル=タルスの二つの頭のうち、右側のものが女の身体を頭から丸呑みにする。
 女がすでに気を失っているのが、せめてもの救いだった。
 アスレシアは胸を痛めながら、それでも次の動きに備えた。女の運命は、そのまま自分にも訪れるものなのだ。悲しんでいる暇などない。
 相棒に生贄を取られた事が気に入らなかったのか、左側の頭が赤い舌を出しながら、せわしなく周囲を探っていた。
「ひ……ひぃぃぃっ」
 腰を抜かしていたように座り込んでいた教祖が、逃げようとデル=タルスに背を向けた。
「駄目だ! 動くな!!」
 とっさにアスレシアは叫ぶ。教祖は、彼女に救いを求めるように手を伸ばした。が。
 横合いから巨大な尾が素早く伸びてきたかと思うと、その身体に巻きついた。教祖の顔面が恐怖に引きつる。
「ひ……ひいっ。やめてくれ……!! や……やめ……」
 信者たちの間から悲鳴が上がった。尾は、もがく教祖を容赦なく締めつけていく。小柄な身体はめきめきと不気味な音を立て始めたかと思うと、ほどなくぐしゃりとその形を崩した。デル=タルスは歓喜に身体を震わせ、教祖の身体を咥えこむ。
「く……そ……。化物め……!」
 こみ上げてくる吐き気を何とか抑えこみ、額ににじむ脂汗を拭うと、アスレシアは周囲に目を走らせた。教祖が持っていたはずの短剣を探す。しかし、もうもうと舞い上がる砂埃に阻まれ、まったく分からない。
(どうする?)
 自分自身に問いかける。ほんの一瞬、食われるしかないのかとの思いが頭をよぎったが、急いでそれを叩き出す。こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。
 大蛇は女と教祖を食い終わり、新たな獲物を探し始めた。赤い二股の舌を出し入れして周囲を探っている。アスレシアは、身動き一つとれぬ。動いたが最後、この双頭の化物の牙は確実に彼女に襲いかかってくるだろう。コロシアムの信者もそれを知っているのか、まったく動こうとはしなかった。息を呑んで、大蛇と生贄を見守っている。
(まるで格闘士になった気分だ)
 アスレシアは自嘲気味に考えた。だが、本物の格闘士の試合であれば、彼女の手足は自由だろうし、武器も手にしているだろう。最悪だ、と小さく吐き捨てる。
 デル=タルスは、ふらりふらりと二つの頭を揺すっていたが、そのうち何かを感じ取ったのか、右側の頭がアスレシアの方へぐいと首を伸ばしてきた。
「う……」
 あまりのおぞましさに、反射的に身を引く。それがいけなかった。
ジャラン、と鉄枷の鎖が大きな音を立てた。
(しまった!)
「シュオオオゥ」
 デル=タルスは歓喜の声を上げた。獲物がいる場所を突き止めたのだ。二つの頭が鎌首をもたげ、彼女に狙いを定める。
(だめだ……)
 さすがのアスレシアにも絶望が押し寄せる。この状況で、もはや助かる確率などまったくないと言って良い。諦めと恐怖に抗いきれず目を閉じようとした――その時だ。
 不意に彼女の眼前にゆらりと陽炎が立ち上った。現れたのは一本の長剣。聞きなれた声とともに。
「アベリアル様からの贈り物! ありがたく受け取りなさいよ!」
 黄金色(きんいろ)の瞳がそこにあった。
「黒猫!!」
 女はニヤリと笑うと、アスレシアの手枷と足枷を一瞬にして断ち切った。
「シャアァァァッ」
 アスレシアが自由を取り戻すのとほぼ同時に、大蛇が襲いかかって来た。アスレシアは剣を掴み取ると、全身をばねにして横合いに飛ぶ。
 ドォン。
 地響きを上げて、デル=タルスの二つの首が、つい先程まで彼女のいた場所に落ちる。
「大丈夫か!」
「あたしは大丈夫さ! 魔族を甘く見るんじゃないよ!」
 ネイヴァはふわりと飛び上がると、空中で一回転して観客席の中へ降り立った。信者たちが、慌てて彼女から距離を置いた。
「確かに渡したからね。後はあんたが何とかしな!」
「言われなくても何とかする!」
 剣を手にしたアスレシアに力が戻ってくる。両手でしっかりと柄を握り、彼女は大蛇に向かって地を蹴った。
「はあぁぁっ」
 渾身の力で剣を白い身体に叩きつけた。魔力を帯びた剣は、化物の硬い鱗を軽々と斬り裂き、その肉にまで喰い込んだ。
「ギャアアァ!!」
 右側の頭から凄まじい悲鳴が洩れる。アスレシアの剣は、大蛇の胴と首の境目を深々と斬り、骨にまで達していた。
首の半分以上を斬られたためバランスを失い、右側の頭はそのまま地に倒れこんだ。おびただしい血と体液が噴き出し、デル=タルス自身の白い身体を染め上げていく。
「とどめだ!」
 もう一匹にも同じように斬りつけようと、高く剣を振りかぶる。だが、彼女の剣が届くよりわずかに早く、残った左側の強靭な首が彼女をとらえていた。
「っっ!!」
 木槌で殴られたような衝撃を受け、アスレシアは吹き飛んだ。凄まじい勢いで地面に叩きつけられ息が止まる。一瞬意識を失いそうになったが、ぐらりと揺れる視界を強引に修正し、ふらつく足で立ち上がると再び剣を構えた。
 背中に鋭い痛みが走り、薄絹の服がじっとりと濡れていくのが分かった。背中を打った衝撃で、矢傷から再び出血し始めたらしい。
「悪いが、これ以上貴様に構っていられない」
 苦痛に顔を歪めながらも、下段に剣を構えると呼吸を整える。怒り狂ったデル=タルスの赤い瞳を睨みつけた。
「行くぞ!」
 頭上から大蛇が巨大な牙を剥く。アスレシアは、躊躇せずその真下に飛び込んだ。
「喰らえーっ!!」
 体中の力を腕に集中させ剣を天空に向かって突き出した。デル=タルスの巨大で醜悪な口は、剣と彼女の腕をそのまま呑み込み――。
 時が止まり、全ての音が消え去った。
 ぬるりとしたものが、腕を伝って落ちてくるのが分かった。気づかぬうちにきつく閉じていた目を、ゆっくりと開ける。
 魔力の剣は大蛇の口腔を刺し貫き、そのまま後頭部を突き破って、虚空へと切っ先を除かせていた。
 アスレシアは大きく息を吸うと、一気に剣を抜き飛びすさる。
 デル=タルスは血と体液を撒き散らしながら地面に倒れこみ、二、三度痙攣すると動かなくなった。
 信者たちは、その時になってようやく呪縛が解けたように動き出していた。散り散りにコロシアムから逃げ出していく。
「さすがね。剣の腕に関してだけは、感心するわ」
 ネイヴァがひょいと彼女の隣へと飛び降りてきた。それには答えず、アスレシアは肩で大きく息をつき、無言のままデル=タルスの死骸に鋭い視線を注ぐ。
(この蛇が双頭になっていると、あの教祖は驚愕していた。ということは……)
 アスレシアは、蛇の巨大な頭を足で蹴った。まだ終わっていない。彼女の剣士としての本能が、戦いの終焉はまだだと告げている。
「どうしたの? まだ何か……」
 不思議そうに訊ねたネイヴァの声が途切れた。びくり、と大蛇の頭が動いたのだ。明らかに己の意思で。
 ネイヴァが悲鳴を上げて飛び退いたかと思うと、溶けるように姿を消した。冥界へ逃げたのだ。アスレシアは、薄く笑うと大蛇に剣を突きつけた。
「やはり貴様だな。サニト・ベイ」
 大蛇の双眸が赤く光ると、ぱっくりと開けた口から声が漏れてきた。
「せっかく僕が用意した玩具(おもちゃ)なんだから、もっとじっくり遊んでもらわないと困るんだけれどね。双頭のうえに性格も凶暴にするのは、思った以上に大変だったんだから」
「ふっ……。たいしたものだ。魔力か」
「もちろん」
 大蛇の口がニタリと笑った。
「どんどん僕の中で魔力が膨れ上がっていくんだよ。使わなくては勿体無いだろう? それに、何より鬼に追いつかれないようにしないといけないからね」
 アスレシアは、喋り続ける大蛇の死骸を冷ややかに見下ろす。聖都カスラムの時と同様、魔石を使って一部始終を見ていたのだろう。ただ、今日は身代わり人形を用いて姿を現すつもりはないようだった。
「――ひとつだけ教えろ」
「なにかな?」
「ゼフィオンをどこへやった」
 大蛇は、ケケケ……と奇妙な声を出して笑った。アスレシアの顔に怒りが漲る。
「残念だけど、あれは僕の仕業じゃない。あの女たちを逃がしたのは僕だけれども、何者かなんて気にも留めなかったからねぇ。そんなにあの狼が心配なのかい? もしかして、君にとって大切な人なのかな?」
「黙れ!」
 アスレシアは剣を薙いだ。大蛇の頭が真っ二つに割れる。魔石が蛇の眼窩からころりと転がり落ちた。
「乱暴はやめてくれよ。見えなくなったじゃないか。……まあ、いい。僕はそろそろ失礼するよ。また近いうちにおもてなしをするからね。一人でも頑張って僕を探してくれたまえ」
 サニト・ベイは不快な笑い声を残すと、ふっと気配を消した。アスレシアは、蛇の頭を力任せに蹴り上げる。乾いた音を立てて砂塵が舞った。
 誰もいなくなったコロシアム。松明の灯をうけ、アスレシアはいつまでも立ち尽くしていた。
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