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2014.07.11(Fri):黄昏人
第四章 一話
【More...】

 また、だ。
 いつも自分を見つめてくる多くの視線。好意的なものは一つもない。すべての視線は、冷たく蔑みを持って彼を見下ろしている。遠くから。
 痛いほどの視線を背中で受け止めながら、いつものように独りぼっちで家路を急ぐ。
 青い空を見上げ、小さな肩でため息をついた。
 母から聞いた、ここではない世界の話を思い出す。
 そこは、一年を通して夜なのだという。空には太陽と月ではなく、二つの月が交代で昇り、時を告げる。住むものは皆不思議な力を持ち、様々な姿形をしているそうだ。
 行ってみたい、といつも思っている。そこが自分にとってどういう場所なのかは分からなかった。だが、心のどこかで自分がいるべき場所はそこだと考えている。
「そうだ。俺がいるのは、ここじゃないんだ」
 思わず口に出して言った。そのとたん、すぐ後ろでクスクスと忍び笑いが聞こえた。――それも、複数の。
「よう、ゼフィオン。でかい独り言だなあ」
 一番聞きたくなかった声だ。恐る恐る振り返った。
いじめっ子のボルスとその子分たちだ。
 ボルスは学校で一番身体が大きく、威張っている少年だった。ゼフィオンは、小柄なうえに性格もどちらかといえば内向的であったので、彼の恰好の餌食だった。帰りに荷物を持たされたり、お弁当を食べられたりするのは茶飯事で、時々それでは物足りなくなるのか、こうして帰り道に彼の後をつけてくる。そして、いつも決まって言うのだ。
「せっかくだから、ウサギ狩りをして遊ぼうぜ」と。
 今もやはりボルスは言った。ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて。
「ウサギ狩りには、ウサギがいなくちゃ話にならないからな」
「……俺はウサギじゃないよ」
 精一杯勇気を振り絞って、ゼフィオンは言った。だが、ボルスはあっさりと笑い飛ばすと、肩から下げていたゼフィオンの鞄を掴む。
「偉そうな事言ってんじゃねえよ。せっかく俺たちが遊んでやろうって言ってるのに、断るってのか?」
「でも……」
 ボルスに鞄を思い切り引っ張られ、勢いあまって地面に身体ごと投げ出された。ドサリと膝をついたゼフィオンに、容赦ないボルスの声が降りかかる。
「ようし。今日の獲物の黒ウサギを見つけたぜ!」
 それが、合図なのだ。聞くなり、ゼフィオンは大慌てで逃げ出した。ぼんやりしていたら、彼らの“獲物”として袋叩きにされてしまう。彼が唯一痛い思いをしなくてすむには、彼らから逃げ切って家に入るしかないのである。
「十数える間だけ待ってやる!」
 ボルスの大声を小さな背中で聞き、ゼフィオンは懸命に走った。
 村へ続く街道から逸れ、森の中へと入り込む。木々の合間を抜け、草をかき分け、がむしゃらに走る。
 すぐに心臓が破裂しそうになり、顔も耳も熱くなった。喉がカラカラに渇いて、痛い。それでも走るのはやめない。自分の鼓動だけが耳を打つ。
 逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!
 脳内で叫ぶ本能の声に盲目的に従い、本物の追われるウサギのようにゼフィオンは森の中を駆け抜けていく。
(もう嫌だ!)
 心の中で叫んだ。
 なぜ、いつも自分ばかり苛められるのか。自分が何をしたというのか。
(こんな世界はもう嫌だ!)
 村の中でも、母とゼフィオンは冷たい視線に晒されている。買い物に行っても、いつもひそひそと噂され、指を差される。それが決して良い感情のものではない事を、ゼフィオンは幼い頃から敏感に感じ取っていた。
 理由は何なのか分からない。ただ、彼の母が時折変わったことを言うのが一因だ、というのは学校で耳にした事があった。
(変わってなんかいない。俺も母さんも普通なんだ。みんなと同じなんだ!)
 母は本当のことを言っているだけだと、ゼフィオンは固く信じている。なぜなら、母が話す異世界の話は、あまりにも現実味があって真に迫っているからだ。本当に見たことがあるのではないかと思うぐらいに。
「こっちだ! いたぞ!!」
 ボルスの声だ。ゼフィオンは振り返った。まさしく獲物を見つけた猟犬そのものだ。目を輝かせ、ボルスはゼフィオンとの距離を縮めてくる。
 また、いつものように殴られ、蹴られ、ボロボロになるのか。そう思ったら、悔しくて情けなくて涙が出てきた。
(嫌だ。もう嫌だ。みんな死んでしまえ!)
 足がもつれて転んだ。ボルスがあっという間に追いつくと、勝ち誇った表情で彼を見下ろした。
「すばしこいウサギだな」
 子分たちもぞろぞろやってきて、ゼフィオンを取り囲む。いつもの事だ。
 ゼフィオンは両手を握りしめた。鼓動は一向に治まる気配を見せず、耳鳴りも激しく続いている。喉が焼けるように熱い。走ってきたからだけではない。怒り、悔しさ、悲しさ、恨み。あらゆる負の感情がゼフィオンの小さな身体に満ちていた。
「お前ら……許さない」
 ほとんど無意識のうちに口に出していた。それを聞きとがめたボルスが、せせら笑う。
「へえ。お前に何ができるって言うんだよ。ウサギのくせに!」
 ボルスの強烈な蹴りを腹に受け、ゼフィオンは身体を折った。瞬間。
 どくん。
 体中の血管が、大きく波打った。
(え……?)
 何だ。これは。
ゼフィオンは息を呑んだ。こんなものは、今まで感じた事がなかった。体中の血が逆流していくような、不思議な感覚。
「う……」
 熱い。喉が熱い。体中が熱い。燃えてしまう……!!
 ゼフィオンは、喉を押さえて突っ伏した。息ができない。何とか声を出して助けを求めようとした。だが、その口から洩れたのは。
「グゥゥ」
 あろうことか恐ろしい獣の声。
 自分でも愕然とした。頭の中が完全に白紙になる。
 何だ、この声は? こんなものが自分の声なのか? これでは、まるで……。
 不意に、目の前がぼんやりと薄暗くなった。かすんだ視界の向こうで、ボルスたちが恐怖の叫び声を上げた。自身がどうなっているのか。ゼフィオンにはまったく理解できなかった。ただ本能の赴くままに、ゆらりと立ち上がる。――4本の足で。
「ガアァァァッ!」
 体内に蓄積されたすべての負の感情を吐き出すかのように、ゼフィオンは咆哮した。覚醒。まさに今の自分だろう。
 大地を蹴ると、逃げ惑うボルスに追いつき、その太った首に力一杯牙を立てた。血が口中に溢れる。それを迷うことなく飲み下す。血の香りと味が咽喉を滑り落ちる感触に、歓喜の震えを抑えることができなかった。
 ゼフィオンは知った。
 おのれが人ではないことを。
 母と自分が、村で迫害を受ける理由を。
 そして。
 母の話が真実である事を。
 夕暮れの中、少年たちを残らず無残な姿に変えて、ゼフィオンは家に帰った。彼を出迎えた母は、目を見開いたまましばらく動かなかった。
 震える手が、犬かと見間違うほどの小さな漆黒の狼を両手で抱きしめる。
「母さん……」
 ゼフィオンは声に出した。いや、出したつもりだった。だが、内から出てきたのは忌まわしい獣の声。言葉には、ならぬ。
 息子の名を呼びながら泣き崩れる母の顔を見上げる。
「母さん……」

 ――ゼフィオンは、目を開けた。
 目の前に、微笑む女の顔があった。
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