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2014.07.11(Fri):黄昏人
第四章 二話
【More...】

 起き上がろうとした身体に、鈍い痛みが走る。ゼフィオンは息を呑んだ。
「……っ!」
 女が優しく彼の身体を押しとどめ、再び寝台へと寝かせた。荒い息をつき、周りを見回す。粗末な納屋のようだ。干草を利用して作られた簡素なベッドの上に寝かされていた。
「お前は……」
 言いながら、ゼフィオンは川辺での出来事を思い出した。間違いない。目の前にいるこの女が、彼を激流へと引きずり込んだのだ。
 言葉を切り、じっと女を観察する。
 どこにでもいる平凡で善良そうな女だ。何の特徴もない。
「なぜ、あんな事をした?」
 できるだけ声を静めて、女に問いかけた。ゼフィオンの汗を拭おうとしていた女の手が、ピタリと止まる。
「………」
「お前の意思か? 誰かに指図されたのか?」
 女は、唇を噛んでうつむく。その様子に、ゼフィオンは眉をひそめた。
(サニト・ベイの指示や暗示ではなさそうだな……)
 もしも他人の意思で取った行動なら、言い訳の一つでも口にするだろう。だが、女にはまったくその気配はない。むしろ自分を責めているようにも見える。
「理由があるのだろう。なぜ言えない?」
 やはり口を開こうとはしない。ゼフィオンは、辛抱強く待った。やがて、女は答える代わりに腕を差し出すと、ゆっくりと袖を捲った。
 ゼフィオンの目が吸い寄せられる。
 女の白く細い腕。その肘の下あたりに、くっきりと黒い痣のようなものがあった。反射的に力一杯女の腕をつかむ。女は痛みに顔をしかめたが、声は出さず、じっと彼の顔を見つめていた。
「お前も黄昏人か……」
 ゼフィオンは、驚きを露わにして女の顔を見た。
 黄昏人は、身体のどこかに痣を持つ。ゼフィオンのように生まれながらの者も、アスレシアのように元は人間であった者も、それは同じだ。その痣は刻印と呼ばれ、魔王の紋章である鋭利な翼の形をしているのである。
 女の腕にあるのは、紛れもなく黄昏人の刻印だった。
「こんなところで同類と会うとはな……」
 女は同意を示して小さく肯くと、ゼフィオンの手を振り払い刻印を服の下へと隠した。ゼフィオンは、信じられぬ面持ちで女を見つめる。
「冥界でもない上に魂を前にしているわけでもない。こんな状況で異なる主を持つ黄昏人と会うとは思わなかった」
「私は、自分以外の黄昏人と出会ったのは、初めてです」
 女が初めて口を開いた。その言葉に、ゼフィオンはふと自分の脇腹に目を落とす。彼の刻印は、左の脇腹にあるのだ。
「なるほど。服を切られたので見えたのか」
 あの白衣の狂信者たちと闘っているうちに、服を裂かれていたようだ。刻印が顔を覗かせていた。
「俺が黄昏人だったから、川へ引きずり込んだのか」
「はい」
「何のために?」
「………」
 重い沈黙が流れる。女に答える意思がないと判断したゼフィオンは、すぐに質問を変えた。
「おまえの主は誰なんだ?」
「……ニスラ」
 聞くなりゼフィオンの表情が険しくなる。それは、冥界の魔族なら誰もが見せるであろう反応だった。死神に仕える魔族たちが、最も聞きたくない名であったのだ。
 ニスラは、冥界の死神の一人である。爵位は子爵。つまり、コズウェイルやアベリアルよりも下級の貴族になる。だが、地位は低くても、ニスラの持つ魂の豊富さは他の追随を許さない。欲の権化のような歪んだ性格のこの貴族は、魂を手に入れるためならば、同じ魔族を騙し傷つけることも厭わないのだ。かつて、コズウェイルもほぼ手中にしかけていた上質の魂を、あっさりと横合いから奪われた事がある。その折には、ゼフィオンの先輩に当たる魔族が二人、命を落としている。
貪欲、卑劣、酷薄。この三つの言葉が、ニスラを表すのに最も適切な単語なのである。
「ニスラ様の家臣が、なぜあんな邪教集団の生贄などになっていたのだ?」
 何となくその理由を感じ取ったが、ゼフィオンはあえて訊ねた。
「……逃げる途中だったのです」
「逃げる?」
 女はうなずくと、堰を切ったように話し始めた。
「はい。私は、逃げていたのです。ニスラの手から。……私は、死神の下僕になどなりたくありません。私は人間です。人として生きたいのです。それなのに、ニスラは人間の魂を手に入れるために私を利用しようとするのです。命を助けてやったのだから、自分に仕えるのが義務だと言って……」
(同じだな)
 ゼフィオンは、アスレシアの気丈な顔を思い浮かべ、心の中でつぶやいた。
 アスレシアも本来死ぬはずであったところを、コズウェイルの血をうけて黄昏人となった。この女も何らかの事情があってニスラに命を助けられ、黄昏人となったのだろう。
(元は人であったのだから、人間として生きたいと思うのも当然か)
 アスレシアも未だ人間としての意識の方が強いし、コズウェイルの配下であるとは認めていない。それは、この女と同じ反応だ。
 ゼフィオンは、ぼんやりと視点の定まらぬ眼で女の顔を眺めた。眼に映っているのは女の顔だが、彼が見ていたのは、似ても似つかないアスレシアの顔だ。
 それを察したのか、それとも単に反応の鈍い彼に失望したのか。女は口を閉ざすと辛そうに目を逸らして立ち上がった。
「とにかく今はゆっくりと休んでください。滝に落ちた時に、岩で打って怪我をしているようです」
「ああ……。そうだろうな」
 体中に響く鈍痛に改めて顔をしかめながら、ゼフィオンはうなずいた。軽い打撲ならば、もう治っているはずだ。骨にひびでも入っているかもしれない。
「焦っても仕方がない……か」
 ふと、ひとりごちた。アスレシアのことが気にかかる。不安な気持ちは、そう易々と拭いきれるものではない。だが、考えてみたところで自分は何もできぬのだ。溜息と共に焦りを押し出そうとする。
「お連れの、あの女性の事を考えているのですか?」
 ゼフィオンを見下ろして、女が問いかけてきた。その視線に言いようのない居心地の悪さを感じ、彼は身体を小さく揺らした。
「……ああ。まあ、な」
「恋人、なのですか?」
 何気なく発せられたその問いに、ゼフィオンは自分でも驚くほど動揺した。
「………」
 一瞬、空に目を泳がせた後、どうしてよいか分からず女に背を向けた。大きな動作は体中に鈍痛を走らせたが、顔には出さずに我慢する。
「いや……違う。恋人ではない」
 動揺を鎮められぬまま、とりあえず事実だけを答える。女がどんな顔で自分を見ているのか振り向きたい気もしたが、何となくできなかった。
「……大切な人なのですね」
 女が確認するように言った。
「………」
 肯定はしない。だが、否定もしない。
 女が立ち上がる気配がした。一瞬、身を硬くして構えたゼフィオンの背に、女は小さく笑い、安心してくださいと言い置いて出て行った。木の扉の軋む音を残し、小屋の中に静寂が訪れる。
(恋人ではないのだが……)
 一人残されたゼフィオンは、壁を見つめたまま自問した。
(俺は、アスレシアの事を、どう思っているのだろう)
 嫌いではない。むしろ好意を抱いているといって良い。だが、それが恋愛感情なのかと考えると、肯いて良いものか分からなかった。
 彼女を助けると同時に監視するのが、コズウェイルから授かった彼の使命だ。そこに特定の感情はないと、この三ヶ月ほどの間、彼はずっとそう信じてきた。
 しかし。
 いざそんな質問をされてみると、なぜか答えは出てこなかった。その事が余計に動揺を招く。
 ゼフィオンは、しばし身じろぎもせずに自分の中の感情を噛みしめていた。が、やがて思い切ったように寝返りを打つと、小さく頭を振った。
(今は、そんな事に捉われている場合ではない。……もう少し動けるようになれば、ペンドラゴンを呼ぼう)
 そして、早くアスレシアの元に戻るのだ。二人でサニト・ベイを追う。それが自分の取るべき行動なのだから。迷いも躊躇も必要はない。
 ゼフィオンは目を閉じた。
 ゆっくりと睡魔が彼をとらえる。
 身体の芯に不快なくすぶりを抱いたまま、ゼフィオンは悪夢の中へと帰っていった。
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