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2014.07.11(Fri):黄昏人
第四章 三話
【More...】

 ぼんやりとゼフィオンは川面を眺めていた。
 あの激流と同じ流れとは到底思えないほど、水は穏やかに流れている。
(ずいぶん下流まで流されたのだな)
 彼が黄昏人の女――名をリーヌといった――と過ごしてから、数日が経っていた。
 体の痛みもかなり引いた。とはいえ、剣を振り回すとまだまだ痛みはしたが。
「弓を手に入れないといけないな……」
 足元に落ちていた細い枝を拾い上げ、軽くしならせる。愛用の長弓は、あの流れの中で折れて行方が分からなくなってしまった。彼は剣士ではなく、あくまでも射手である。弓と矢がなければ十分に力を発揮できぬのだ。
「そろそろ、何とかしなければならないようだ」
 ゼフィオンはつぶやくと、枝を荒っぽく川へと投げ込んだ。
 この数日、コズウェイルはおろかペンドラゴンもネイヴァも彼の前には現れていなかった。そのため、アスレシアの様子もサニト・ベイの動きも皆目分からない。こんな事は、今までになかった。
(やはり、あいつか)
 当初、何となく感じていた疑惑は、いまや完全に確信へと変わっていた。おのれが外部とまったく連絡が取れなくなっているのは、恐らくリーヌが原因だ。
「ゼフィオン、ここにいたんですね」
 不意に声をかけられた。ちょうど彼女のことを考えていたところであったので、ドキリとする。
「何だ。俺を探していたのか」
「はい。食事の用意ができたので、呼びに来ました」
 リーヌはゼフィオンの側にやってくると、静かに微笑んだ。だが、ゼフィオンはその笑顔にこたえる気にはなれない。重くため息をつく。
「リーヌ」
「はい」
 まるで妻のように寄り添ってくる彼女から少し身を引き、ゼフィオンは言った。
「俺は、これ以上ここにいるわけにはいかない。明日にでもここを発とうと思う」
「………」
 リーヌの瞳がゼフィオンを捉えた。と、その顔がみるみるうちに歪む。栗色の髪を激しく揺らしてかぶりを振り、彼女は両手を揉み絞るようにして叫んだ。
「嫌です。行っては駄目です。……行かないでください!」
「リーヌ、しかし……」
「お願いです! 行かないで!! 私の側から離れないで!」
 あまりに激しい拒絶に、ゼフィオンは戸惑いを隠せなかった。同時に、強い警戒心が沸き起こってくる。明らかに普通の反応ではない。
「いったい、お前は何がしたいんだ? 俺を川に落としたかと思えば、こうして手厚く手当てをしてくれる。そして、俺が去るのをそれほどまでに拒む。お前は……お前の目的は、いったい何だ?」
 リーヌは、しゃくりあげながら両の拳を力一杯握りしめた。涙で濡れたその眼が、少しずつ暗い輝きを帯び始めたことに、ゼフィオンは気づく。
(ついに本性を現したか……?)
 さりげなく距離を取り、彼女の動きに神経を集中した。リーヌは折れそうに華奢なその体を震わせると、吐き出すように一言。
「――行かせない」
 背筋が冷たくなるほどの低く迫力のこもった声。ゼフィオンは反射的に身構える。だが、女にはそんな行動はまったく目に入っていないようだった。暗い瞳をますます翳らせ、うわごとのように声を投げ続けてきた。
「あなたが行ってしまえば、またニスラに見つかるんです。私があの悪魔から逃れる方法は、あなたと一緒にいることだけ……」
「それは……」
 どういう事なのか。言いかけて、ゼフィオンはふと思い出した。以前、何かの書物で読んだ事がある。人間から黄昏人になった者の中には、彼のような混血の黄昏人や純血の魔族にはない特殊な魔力を身につける者がいる。自然の精霊と会話を交わせる“幻話”、周囲の人間や物を介して特定の人間の所在を感じる“探索”などがそうだ。ちなみに、アスレシアが度々サニト・ベイの気配を感じるのは、彼女が“探索”の魔力を得たためである。
 そんな魔力の中に、極めて珍しい“盾”というものがある。これは、他の黄昏人の力を利用して自分の気配を一切消す魔力で、盾にしたものだけでなく、された者の気配をも消してしまうという特徴がある。つまり、相手の魔力に自分の魔力をぶつけて相殺してしまうのだ。稀有な力のため、ゼフィオンは未だかつてその魔力の保有者を見たことはなかった。
「“盾”か」
「そうです」
 言葉を交わしながらも、リーヌはじりじりと近づいてきた。ゼフィオンは後方に下がろうとしたが、運の悪いことにすぐ後ろに大木があった。地表に出た木の根に足をとられてバランスを崩し、相手から一瞬目を離す。
(ちっ……)
 大木にもたれかかるようにして、何とか態勢を整えると顔を上げる。途端に息を呑んだ。――すぐ目の前にリーヌの暗い瞳があったのだ。
 ゼフィオンは、射すくめられたように怯んだ。漂う狂気に、全身が総毛立った。
 真っ赤に充血した瞳を彼に注ぎ、リーヌはポツリポツリと話し始める。
「私にこの力があると教えてくれたのは、ニスラ本人でした。まさか私が逃げ出すなんて思ってもいなかったのでしょうね……。いい気味だわ」
「お前は、ニスラ様の手から逃れるために、俺を利用したんだな」
「ええ……。正確には利用している、ですけれど。この先も、私たちはずっと一緒です。ずっと、ずっと、私が平凡な人間としてその生を終えるまで、あなたは私の傍らに……」
「ふざけるな!!」
 ゼフィオンは、リーヌの言葉を断ち切り、叫んだ。
「俺は、貴様の人生を守るために存在しているわけではないぞ!」
 怒りに任せて腕を伸ばし、リーヌの胸ぐらを掴んだ。相手が女性であるという事も、どこかに消し飛んでいた。リーヌの顔が驚愕に歪む。
「やめて下さい!」
 弱々しく抗うリーヌに、ゼフィオンは忌々しげに舌打ちをして手を離した。華奢な体躯が、そのままドサリと地面に落ちる。リーヌは激しく咳き込みながら、怒りに満ちた目を彼に向けた。
「ひどい……。女に向かって暴力を振るうなんて……」
「あいにく俺は紳士ではないからな」
 これ以上ないほどの冷たい視線で、ゼフィオンはリーヌを見下ろした。
「それに、貴様はこの俺を騙して利用しようとした。己の行動を棚に上げて、男だの女だの見当違いなことを言うな」
 リーヌは、キュッと唇を噛む。
「最低……。やっぱり悪魔ですね」
「そんなことは、初めから分かっていただろう」
 ゼフィオンは吐き捨てた。見た目は人間とは変わらぬが、人間の常識を押しつけられても迷惑なだけだ。自分は人間ではない。魔族として生きている。
「他人を騙しておいて被害者面をする女よりは、よほどましだ」
「………」
 リーヌは、ふらつきながら立ち上がった。そして、数歩ほど下がると、川を背にして彼と向き合う。
「行かせない」
 また、同じ事を言う。まるで呪文であるかのように、低くささやくように。
「あなたを行かせない。たとえ、私を傷つけようと、私を憎もうと……。私は、あなたを手放すわけにはいかない」
「無駄だ。俺は行く。今すぐにな」
「行かせない!」
 不意に。
 ゼフィオンの視界が大きく揺れた。――いや、揺れたように見えたのだ。
「……!?」
 眼前のリーヌの姿が一変していた。
「なっ……」
 言葉が続かない。
 髪を乱して立つリーヌの背後に、巨大な幕があった。彼女の背を包むように広がる、水の幕が。
「馬鹿な……川の水が……!」
 リーヌを守るように水は揺れる。その出現があまりにも突然であったので、ゼフィオンの目には景色が揺れたように見えたのだ。水は、生物のごとくゆらゆらと空中で踊る。通常の川の水というよりは、粘着質のあるゼリーのような感じがした。
 リーヌの唇がゆっくりとつり上がった。狂気の微笑。ゼフィオンは戦慄した。そして、その時になってようやく理解したのだ。
 共に激流に呑まれた彼女が、なぜ怪我の一つも負っていなかったのかを。
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