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2014.09.05(Fri):黄昏人
第五章 一話
【More...】

 水都ジャルブは、移民の国と呼ばれる東イフェリア王国の首都である。
 大陸中央部にあるこの王国は、その名のとおり大陸各国からの移民を受け入れている寛大な国だ。ひとたび市街を歩けば、さまざまな色の肌や髪、瞳を見ることができる。
 活気溢れる市場の中を、アスレシアは歩いていた。ゆっくりと店を眺めながら歩く彼女は、いつもの武装ではなく、ありふれた街の女のいでたちだった。質素な上着と丈の長いスカート。もちろん剣は帯びておらず、手には小さな麻袋があった。それは、まったくどこにでもいる女の服装で、道行く人は誰も彼女を剣士などと思わないだろう。
 アスレシアは途中でパンと果物を買うと、狭い路地に入った。入り組んだ道を少し歩き、古ぼけた看板を掲げた一軒の家に足を踏み入れる。看板には〈夢の翼〉亭と描かれていたが、長い間風雨に晒され続けているためか、ほとんど文字を読み取る事はできなかった。
 名前にはまったく相応しくないその古びた宿にアスレシアが滞在してから、すでに十五日余を数える。
 すっかり親しくなった女将に軽く挨拶を送ってから、彼女は二階の自室へと戻った。硬いベッドの上に麻袋を放り投げ、パンと果物をテーブルの上に置く。そして、窓を開け放つと狭苦しい路地に視線を落とした。
(すっかり慣れてしまったな。この生活に)
 窓枠に肘をつき、見るともなく路地を行き交う人々を眺める。
あの邪教集団での闘いから二日後、彼女はこのジャルブに辿りついた。そして、ゼフィオンが見つからぬという知らせをペンドラゴンから受けた彼女は、自身の怪我の治療も兼ねて、しばしこの町に留まることを決めたのだ。
きっちりと病院で手当を受けたおかげで、彼女の矢傷はかなり癒えている。
(そろそろ剣を持っても大丈夫かな……)
部屋の隅に立てかけた長剣にちらりと目をやる。ずいぶん長い間、剣の訓練をしていない。少しでも早く剣を手にし、勘を取り戻さなければと思う。
(サニト・ベイの魔力は、この町にもあるのだろうか)
ふと、不安に駆られた。死神を向こうに回し大陸中を逃げ回っているはずのあの王子は、実際は逃げてなどおらず、一定の距離を保ちながらアスレシアたちの行く先々に不快な罠を仕掛けている。つまりは遊んでいるわけだ。そんな性格の持ち主のことだ。アスレシアがここからしばらく動かないと分かれば、改めて罠を仕掛けるぐらいの事をしても不思議ではない。もしもサニト・ベイの罠に出会ってしまったら、今の自分は切り抜けられるだろうか。
アスレシアの不安は大きくなる。まだ剣がきちんと使えない身であるし、何より一人である。最も危険な状態にあるといっても良かった。
ぼんやりと物思いに耽る。と、不意に視線を感じて現実に引き戻された。
「……?」
視線の元を辿ると、眼下を歩く一人の男に行き当たった。男とまともに目を合わせてしまい、慌てて逸らす。男は歩調を緩めると、しばし彼女の顔を見上げていたが、やがて路地の向こうへと消えた。
「何なんだ……?」
不快感を覚え、アスレシアはつぶやく。どこかで見ただろうか? しかし、記憶の中にあんな男の顔はなかった。

宵。
夕食をとるために、アスレシアは階下の食堂へと下りた。
大抵の宿屋がそうであるように、食堂は酒場も兼ねている。この〈夢の翼〉亭は、値段のわりに味が良いという評判の店であるらしく、連日賑わいを見せていた。
「よお、姉ちゃん。こっちこっち」
顔見知りになった旅の傭兵がアスレシアを見つけて手を振ってきた。傭兵というには少々年を食っている。もう四十も半ばを過ぎているのではないかと思われる男だ。故郷に置いてきた娘を思い出すと言い、何かにつけてアスレシアをかまう。当初は何か下心でもあるのではないかと勘ぐっていたが、どうやら純粋に娘の面影を重ねているらしかった。傭兵にしては真面目な男である。
「こっちに座りな」
手荒く椅子を引く。アスレシアは笑って、素直に腰を下ろした。すぐに女将が彼女の分の夕食を運んできてくれた。
「なあ女将、今日の壷煮は最高だな」
「何言ってんだい。うちの自慢料理なんだから、いつも最高に決まってるじゃないか。誉めたって火酒はおまけしないからね」
「へへ。読まれてらぁ」
へらへらと笑う男の頭を軽く小突いて、女将は怒ったように豊かな尻を揺らして立ち去っていく。いつものやりとりに、アスレシアは小さく笑い声を立てた。
柔らかく煮込んだ羊肉の壷煮と葉野菜のサラダ、小麦粉を薄く引き延ばして焼いたパン、そして果実酒。どれも素朴で温かい。アスレシアは、さっそく食べ始めた。
「なあ。あんた、いつまでここにいるつもりなんだ?」
匙を黙々と口に運ぶ彼女を、頬杖をついて眺めながら男が問うてきた。
「なぜ、そんなことを?」
手を止め、男を見る。彼女があまりにも露骨に警戒の色を出したので、男は慌てて両手を振った。
「いや、変な意味で言ったんじゃねえんだ。別にあんたの事を探ろうなんて、これっぽっちも思っちゃいねえよ。ただ、その……なんだ、あんた剣士だって言ってたろう? もしも大した目的がなくて旅をしてるって言うんなら、俺と組んで仕事をしねえかと思ってさ」
男はそう言って、力なく笑う。
「この年になるとな、どこの国も傭兵としては雇ってくれねえんだよ。せいぜい雑用係だ。自分でも体力と勘がずいぶん鈍ってきやがったって分かってる。だから、文句は言わねえ。……でもよ、食っていくためには、何か仕事を見つけて日銭を稼がなきゃならねえだろ。案内所で斡旋してくれる害獣やモンスター退治も一人じゃ辛くてよ」
「………」
アスレシアは、少しの間傭兵を寂しそうに見つめていたが、静かに首を横に振った。
「すまないが……組んでいる相手がいるんだ。今は訳あって一緒ではないけれど、そいつを待っている」
「そうか。……そうだよな。あんたほど若くてべっぴんな女だったら、連れ合いがいて当然だよな」
彼女の言葉を若干違った意味で男は捉えたようだったが、アスレシアは、わざわざ訂正しなかった。
二人はそれきり口を閉ざして食事を続けた。男が空になった火酒の杯を掲げる。
「おい! 女将、火酒をもう一杯……」
勢いよくがなり立てた男であったが、その言葉がふと途切れた。アスレシアは不思議に思い、皿に落としていた視線を上げる。同時に背後に人の気配を感じた。ゆっくりと振り向く。
「お前は……」
立っていたのは、昼に路地を歩いていたあの男だった。いかにも狡猾そうな、あまり近づきたくない部類の男だ。
「アスレシア・ジェスラートだな」
何がおかしいのか、ニヤニヤと笑いながら男は言った。アスレシアの顔が強張る。
「なぜ、私の名を知っている」
それも姓まで。アスレシアは立ち上がると、男と正面から向き合った。鋭く目を細め、男の顔を観察する。
彼女は今、姓を名乗ってはいない。黄昏人となった時に家名は捨てた。あの日以来、彼女がジェスラートを名乗った事はないのだ。
(こいつ、何者だ)
男は、アスレシアの反応に大いに満足したらしい。下卑た笑いを張りつかせたまま、ぐいと彼女に顔を近づけてきた。酒臭い男の息が、ねっとりと顔にかかる。
「ちょっと来てもらおうか。あんたに会いたいって人がいるんだ」
「なに……」
アスレシアの反応を待たず、男はさっと踵を返すと店を出て行く。ついてくる事を疑っていないようだ。アスレシアは少しためらった後、傍らで困惑している傭兵に言った。
「少し……出てくる」
「大丈夫なのか?」
心配そうな傭兵に笑って肩をすくめて見せる。護身用の武器は何も持っていなかったが、彼女は店を出た。男の力量よりも手間取って見失う事の方が怖い。
一歩外に踏み出し扉を後ろ手に閉めると、神経を張り巡らせて周囲を窺う。街灯ひとつない狭い路地である。頼りになるのは家々から漏れてくる淡い灯だけだ。
「――どこにいる」
声を押し殺し、闇に向かって言葉を投げかける。答(いら)えはすぐに返ってきた。
「ここだよ。ふふ……そう怒らなくてもいいだろう」
先程の男の声ではない。
(仲間か……)
男に仲間がいるであろう事はある程度予想していたので、さほど驚きはしなかった。ただ、何人いるのかは分からない。入り口の小さな階段を下りると身体を横に滑らせる。背を壁につけ、背後を取られぬように位置を定めた。その様子を見ていたらしい声の主は、面白そうにくすくすと笑い声を立てた。
「さすがに隙はないな。さらに腕を上げたか」
アスレシアの表情が険しくなる。目の前にいる男は、彼女が捨て去ったはずの姓だけではなく過去までも知っているというのか。――誰だ?
息を詰める。
影が一つ、闇間から溶け出してきた。酒場の窓から漏れる灯に照らし出されたのは、精悍な男の顔。
アスレシアの青灰色の瞳が驚愕に見開かれた。同時に、小さく悲鳴にも似た声が喉の奥から漏れる。
「イェルザーン……!」
「久しぶりだな、アスレシア」
なぜ、声で気づかなかったのか。いや、気づけという方が無理だ。そもそもこの男がこんな場所にいるなど、考えつくはずもないのだから。
アスレシアは眩暈を覚えた。
イェルザーン。――目の前にいるその男は、かつてガルバラインに仕えていた傭兵。そして、彼女の恋人だった男であったのだ。
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