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2014.09.05(Fri):黄昏人
第五章 二話
【More...】

アスレシアがイェルザーンと初めて出会ったのは、彼女が十六の時だ。当時、ガルバラインは、南に国境を接するセダ王国と激しい戦闘を繰り広げており、国には傭兵が大量に流れてきていた。イェルザーンは、その時二十歳そこそこの若さであるにもかかわらず、すでに荒くれどもの揃った部隊を統べる存在だった。
 アスレシアは十三歳からサニト・ベイの側近として王宮に仕えていたものの、騎士としてはようやく見習いを脱したばかりであった。そんな彼女がイェルザーンを見かけたのは、初陣の戦場でのことだ。後日、偶然に出会ったイェルザーンに話しかけたアスレシアは、彼の傭兵らしからぬ物腰と豊富な知識に強く魅かれた。イェルザーンの方も、子供のあどけなさと大人顔負けの意志の強さを併せ持つ少女に非常に興味をそそられたようだった。そして、それを機に二人はいつしか互いに想い合う存在となっていったのだ。
「アスレシア」
 目の前のイェルザーンが親しげに呼ぶ。アスレシアは、激しく言葉を叩きつけた。
「寄るな!」
「つれない事言うなよ。昔の恋人に会ったんだ。もう少し喜んでもいいだろう」
「誰が、お前と会って……!」
 イェルザーンは、目の前に来るとアスレシアを見下ろした。彼女とて女性にしては上背のある方だが、それでもずいぶんと見上げなければならぬほど、彼は背が高い。ゼフィオンと同じか、それ以上に高いかもしれない。だが、ゼフィオンとは違い、イェルザーンはいかにも傭兵らしくがっしりとした体躯をしていたので、全体的な大きさは比較にならなかった。
「なぜ、ここにいる」
 絞りだすようなアスレシアの声に、イェルザーンは酷薄な笑みを浮かべた。
「依頼を受けたんだよ」
「依頼……?」
 首を傾げつつ、彼女はイェルザーンがガルバラインを去った理由を思い出していた。
 人並外れた統率力と知識、剣技を誇る傭兵だったイェルザーン。だが、その能力の高さゆえに人一倍自負心が高かった彼は、ほどなくして所属する騎士団の上官といさかいを起こすに至った。そして、逆恨みにも近い感情を上官に抱き、とんでもない方法で報復に出たのである。二人が出会ってから一年後、イェルザーンは突如ガルバラインを裏切った。重要な局面でセダ王国と内通した挙句、上官の部隊を全滅させて行方をくらませたのだ。
 信じていた男の突然の凶行。イェルザーンの存在は、以来アスレシアの中で最も忌まわしい記憶として封印されていた。
「あれからセダも追い出されてね。結局、傭兵家業はできなくなったんだ。今じゃどこにいってもお尋ね者さ」
 蛇のように伸びてきた手を、アスレシアは鋭く打った。乾いた音が暗い路地に響く。
「自業自得だ」
 まっすぐに男の目を見て吐き捨てる。イェルザーンの太い喉がヒクヒクと動き、低い笑い声が洩れた。
「言ってくれるな……。まあ、いいだろう。今はそんな話をしに来たんじゃないからな。俺は、依頼を果たすためにお前に会いに来たんだから」
「………」
 アスレシアは、眉をひそめた。ようやく得心がゆく。
「――依頼者は、サニト・ベイか」
「そうさ」
 イェルザーンは肩をすくめて言った。
「まさかこの街であの王子に会うなんて思わなかったよ。あいつは、お前の主だったはずだよな? それが、ガルバラインが滅んだとたんに敵味方になってしまったというんだから驚きだ。まったく、崇高な忠誠心とやらを持つ騎士さまも当てにはできないもんだ」
 アスレシアは唇を噛んだ。
完全に裏をかかれた。サニト・ベイの気配を感じなかったことで、自分を呼びに来たあの怪しい男も罠ではないと心のどこかで決めつけていた。敵は必ず魔力を用いるものだと、いつのまにか頭から思い込んでしまっていたのである。今更にして悔やんだが、もう遅い。
「依頼とは……私を殺す事か」
「違うな」
 イェルザーンは即答すると、懐から小さな瓶を取り出した。親指で器用に蓋を弾き飛ばす。
「王子様の依頼はな」
 にやり、と男の唇が歪む。
(危ない!)
 そう感じて、咄嗟に身体を沈めた。だが、その動きは完全に読まれていた。
 彼女の顎を、巨大な手がガッチリと掴んだかと思うと、そのまま後頭部を壁に叩きつけられた。衝撃とともに目の前に火花が散る。
「お前をたっぷりと可愛がってやれというものだ。俺が喜んで引き受けたのも肯けるだろう?」
 無理矢理口をこじ開けられた。朦朧としながらも、アスレシアは抵抗を見せてイェルザーンの手から逃れようともがく。
「ふふ。まだ逆らおうというのがお前らしいな」
 どろりとした液体が口中に流れ込んできて、抗う間もなく飲み下す。
「な……にを……飲ませた……」
「心配するな。即効性の睡眠薬だ」
 悪魔の囁きが脳に侵入してくる。
 闇に落ちてゆきながら、アスレシアはひとつの名を呼び続けていた。

 ――軽い衝撃が彼女を覚醒へと導いた。
 うっすらと目を開けた彼女の視界に影が映る。
「ゼフィオン……?」
 その名を口にした事を、アスレシア自身気づいていなかった。彼女の衣服にかかっていた手がピタリと止まる。
 少しずつ周囲が鮮明になってくる。アスレシアは、何度も瞬きをして己の上に乗る人物の輪郭をはっきりとさせた。
 がっしりとした大柄な体躯、太い眉、彫りの深い顔立ち。暗い赤毛と薄氷のごとき淡い青の瞳。
(イェルザーン!!)
 相手の名を思い出すと同時に、両手で力一杯突き飛ばした――いや、突き飛ばそうとした。だが、イェルザーンの身体はわずかも動かない。
「思ったより早くに起きたな。薬の量が足りなかったか」
「貴様……」
 アスレシアは無意識のうちに自分の腰を探ろうとして、気づいた。今は、剣士の姿ではなかったのだ。剣はおろか護身用の短剣すら持っていない。
 その事実に、強烈な恐怖が沸き起こった。剣であればイェルザーンに後れを取ることなどない。しかし、素手では勝負以前の問題だ。この大男相手に勝てるわけがない。
 イェルザーンは、アスレシアの衣服に手をかけたまま、彼女の深い青灰色の瞳を覗き込んできた。
「ゼフィオンというのは、今の男の名前か?」
「なっ……」
「こういう時に名前を呼ぶんだから、当然か」
 男の下卑た笑いに、血が上る。
「違う! ふざけるな!」
「図星か。お前は昔からそうだ。心の中を言い当てられると、すぐにカッとなる」
イェルザーンの目には、嫉妬の炎が燃え上がっていた。先程までは静かに脱がせようとしていた彼女の服を、今度は荒々しく引き裂こうとする。アスレシアは、懸命に身をよじって男の手を防いだ。
「そんなに嫌がることもないだろうが。前はあんなに喜んで抱かれていたくせに」
「言うな!」
声を振り絞り、必死ではだけた衣服をかき寄せた。しかし、その努力も男の力の前には、まったく意味をなさなかった。鋭い音を立てて上着が裂け、白い肌が露わになる。
「あのガキ臭さはもうないな。いい女になった」
アスレシアは手で身体を覆い隠そうとしたが、素早く阻まれた。ごつごつとした手が、骨が軋むほどに彼女の手首を強く掴むと、ベッドに張りつける。
嘲る男の瞳を睨み据え、アスレシアは血が滲むほどに唇を噛みしめた。
剣にしても度胸にしても、彼女は男に負けぬ自信があった。しかし今。
怒り、屈辱、そして恐怖。
自分が女であるという現実が、身体の芯を貫く。剣よりも鋭い切っ先で。
イェルザーンの薄い唇が、ゆっくりと首筋を這った。寒気に全身を震わせる。
「勿体無いな……。この傷」
首筋から鎖骨へと移った唇は、アスレシアの左胸に下りた。乳房の上部にある醜く引きつれた傷。そして、それを核として広がる翼の形をした痣。そこに。
舌が生き物のように触れた瞬間。
「いやあああぁぁっ!!」
アスレシアの口から、凄まじいまでの絶叫がほとばしった。全身が炎に包まれ燃え上がったような感覚に襲われる。目に映る世界がその形を崩し、イェルザーンの輪郭が幾重にもぶれた。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だああっ!!」
攪拌された視界の中で、イェルザーンが恐怖に顔を凍りつかせるのが見えた。身体を引き、目を見開いて彼女を見下ろしている。
「……お前……」
酷い耳鳴りが聴覚を奪った。耳を塞ぎたい衝動に駆られるが叶わず、アスレシアはもがいた。力の緩んだ男の手を引き剥がそうとがむしゃらに手を動かす。耳鳴りはいよいよ酷く、おぞましい感覚が身体中を駆け巡る。激しい吐き気に貫かれ身を捩った――その時。
「アスレシア!!」
誰かに呼ばれた気がした。だが、耳鳴りのせいではっきりと聞き取ることができない。
「アスレシア!」
再び名を呼ばれた。今度は女の声だった。
「どれだけ手を煩わる気なのさ。狼もあんたも」
「すまないな。ネイヴァ。もう戻ってくれてもいいぞ」
「ハッ! あたしを馬鹿にしてるの? あたしは、あんた達の足じゃないんだからね」
「なら、こいつを冥界に連れて帰ってくれ。そこそこ質がいい魂だろう」
「まったく……。こんな魂一つで、あたしをこき使おうなんてね」
 何度も耳にした事のあるその会話は、歪み途切れつつもかろうじて耳に届いた。姿を捉えることはできなかったが、その存在を確かめる必要はない。頭の中で黒い影が二つ、躍った。
アスレシアは、かすかに微笑んでつぶやいた。
「遅いぞ……ゼフィオン」
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