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2014.09.05(Fri):黄昏人
第五章 四話
【More...】

〈夢の翼〉亭の入り口には、まだ明かりが灯っていた。
気を失っている間に運ばれたために宿への帰り道がまったく分からず、アスレシアたちは散々夜の街を彷徨っていたが、彼女を心配して探していたあの傭兵が二人を見つけて宿へと連れ帰ってくれたのだ。
ゼフィオンと傭兵に抱えられるようにアスレシアが入っていくと、がらんとした食堂に女将が座っていた。彼らの姿を見ると慌てて立ち上がって駆け寄ってくる。
「大丈夫かい!」
アスレシアは、顎から滴る汗を拭うと、力なく笑った。
「とにかく部屋へ。強力な睡眠薬を飲まされたんだ。あまり無理をしてはいけない」
ゼフィオンの言葉に女将は顔色を変えた。女将は、解毒にはとにかく水を飲むのが一番だと言って台所へと姿を消す。アスレシアは、傭兵とゼフィオンに連れられて部屋へと入った。
ベッドに身を投げ出すと、ようやく息をついた。
イェルザーンの所にいた時は、気が張っていたのだろう。いざ気が緩むと、急激に疲労感と脱力感が襲いかかってくる。
アスレシアは、女将が持ってきてくれた水を口に含み、ゆっくりと飲み下した。よく冷えた水が渇ききった喉を滑り落ちていく。身体中が清められるような気がした。
「俺もしばらくここに世話になりたいのだが、部屋は空いているか」
ゼフィオンがアスレシアを横たえながら、女将に顔を向けた。だが、女将は困ったように腕を組むと、首を横に振る。
「あいにく全部埋まっちまってるんだよ。……どうしようかね」
「二人一緒じゃ駄目なのか?」
傭兵が不思議そうな顔で言った。
「姉ちゃんは、ずっとあんたを待ってるって言ってたぜ」
ゼフィオンは、大きく眉根を寄せた。その困惑した顔に、アスレシアは思わず小さく笑い声を立てる。そして、
「――私は構わないぞ」
つぶやくと、ふいと視線を逸らして天井を見上げた。傭兵がへらへらと笑って立ち上がり、ゼフィオンの肩を力一杯叩いて部屋を出て行った。女将も、後で粥でも持ってくるよと言い残し、いそいそと出て行く。彼らなりに気を遣ったつもりなのだろう。
二人が出て行ったのを見届けると、ゼフィオンはベッドの傍らに椅子を引きずってきて、身体を投げ出すようにどさりと座った。大きく長いため息が、部屋に響く。
「……すまなかった」
天井を向いたままアスレシアは小さく言った。どんな顔でゼフィオンを見ればよいのか分からない。謝罪の後に続ける言葉も見つからず、薄汚れた天井を見るともなく眺める。 それはゼフィオンとて同じらしい。沈黙が漂った。
(水が、欲しい)
さっき飲んだばかりなのに、再び喉が渇きを訴えてくる。アスレシアは唇を湿らせると、少し躊躇った後にゼフィオンの方に顔を向けようとした。――と。
大きな手が頬を包んだ。
「ゼフィオン……」
「すまなかった。あんな事になって」
アスレシアは、目だけを動かして黒髪の男の顔を見た。漆黒の瞳がまっすぐに彼女を捉えていた。その真摯な瞳に目を逸らすことができなくなる。彼女は黙って首を横に振ると、つぶやいた。
「無事で、よかったな」
乾いた喉に声が絡みつく。たったそれだけの事を言うのに、なぜか酷く勇気がいった。ゼフィオンは、少し苦いものを含んだような笑みを浮かべると、優しく彼女の頬を撫でた。
「ああ。黄昏人を甘く見るな、と言いたいところだが……。運が良かったとだけ言っておこう。話せば長くなる」
「聞かせてはくれないのか」
「そのうちな。今は休む事を考えろ」
アスレシアは、頬に触れたゼフィオンの手にそっと自分の手を重ねた。そうしてから、ごく自然にそんな行動を取った事に、彼女自身が驚いた。
(私は……何を……)
アスレシアの心が鈍く疼く。
三ヵ月余という期間の中で、彼はどんな存在になっていたのだろう。いつも隣にいた。繰り返す日々の中、常に彼の姿があった。剣を抜けば背中を預けて戦った。それは、自分にとってどんな意味を持つのだろう?
イェルザーンと出会ったことにより、図らずも長い間封印してきた感情が目覚めてしまったことを、アスレシアは悟った。
「少し眠れば楽になる」
ゼフィオンは、そっと手を引こうとした。アスレシアは、無意識のうちに力を込めて彼の手を引き止める。
「アスレシア?」
「もう少しだけ……このままでいさせろ」
何を言っているのだ、ともう一人の自分が心の中で嘲笑った。こんなことをすれば、ゼフィオンが困るだけではないか。だが、アスレシアは手を離そうとはしなかった。いや、できなかったのだ。心地よいこの大きな手を、もう少しだけ、せめて眠りに落ちるまで感じていたかった。
ゼフィオンは肯くと、まるで病気の子供をいたわるような表情になる。
目を閉じると、薬とは違う甘く優しい痺れがゆっくりと覆いかぶさってくる。アスレシアは、すぐに小さな寝息を立て始めた。

差し込んでくる月明かりに、ゼフィオンは目を覚ました。
空き部屋がなかったため、物置にしまわれていた長椅子――長い間忘れられており、相当埃をかぶっていたものだ――を運び込んで作られた即席のベッドで彼は眠っていた。
窮屈で硬い長椅子のせいで、身体の節々が痛い。
ゼフィオンが顔を上げると、窓際に立っていたアスレシアは慌ててカーテンを閉めた。
「すまない。起こしてしまったか」
「どうした。もう起きて大丈夫なのか」
ゼフィオンは起き上がると、そっとアスレシアの傍らに立った。
「ああ……少し汗をかいたから、着替えただけだよ」
アスレシアは笑みを見せる。だが、その笑顔が無理矢理作られたものであることは、すぐに分かった。ゼフィオンはどういったものかと考え、唇を舐める。それを指摘したところで、彼女は頑なに何でもないと言い張るだけだろう。
そんな空気を察したのか、アスレシアは笑みを消して顔を逸らす。それから、思い切ったように口を開いた。
「……お前が、川に落ちたとき」
先程閉じたカーテンをまたほんの少し開けて、窓の外に目を向ける。差し込む細い月光が、彼女の顔を蒼白く照らし出す。
「心臓が、止まるかと思った。頭の中が真っ白になって、本当に息ができなかったんだ」
「……悪かったと思っている」
ゼフィオンは、ネイヴァから聞いた話を思い浮かべながら謝った。あの後、彼女がどんな目にあったのかは、おおまかに聞いていたのだ。
「お前も大変だったんだろう。大怪我まで負って……」
「私のことは、どうでもいい」
アスレシアは、少し声を荒げた。そして、軽く息を呑み、声を搾り出す。
「もう……あんな思いは、させるな」
カーテンを握る彼女の手に、力がこもるのが分かった。悲哀と怒りが入り混じった声。ゼフィオンは、もう一度「悪かった」と繰り返した。アスレシアの肩が小刻みに震えていた。手を伸ばし、彼女の長い髪をそっと撫でると、頭を抱き寄せる。アスレシアは、素直に彼の胸に頭を預けてきた。
愛しさがこみあげる。ゼフィオンは、黒褐色の髪に半ば顔をうずめて囁いた。
「アスレシア。お前と離れている間、早く戻ることばかり考えていた。お前が隣にいないと、酷く不自然で辛い。俺は……」
 言葉が、途切れる。
抑えようのない激情に突き動かされ、彼はアスレシアの身体を強く抱きしめた。
同じ黄昏人だから親しみを感じたのか? その辛い過去に同情したのか? それとも彼女の強さに魅かれたのか?
どれも当てはまる気もするし、違う気もする。だが、そんな事は重要ではない。
(俺には、こいつが必要だ)
それだけが、はっきりと分かる答えだ。それで十分ではないか。
イェルザーンの部屋でアスレシアを見たとき、彼の方こそ心臓が止まるかと思った。全身の血が逆流するほどに怒りを覚え、危うくもうひとつの姿となってしまうところだった。ネイヴァがいなければ、確実にあの男を牙で八つ裂きにしていただろう。
腕の中でアスレシアが動いた。あまりに強く抱きしめていた事に気づき、慌てて手を緩めた。青灰色の瞳が彼を見上げる。
視線を絡めあった後、どちらからともなく、そっと唇を重ねた。アスレシアの震える手が、しっかりとゼフィオンの背に回される。
「――アスレシア」
唇を離すと、ゼフィオンは微笑んで言った。
「もう休め。あまり無理をするといけない」
アスレシアは、くすりと笑いを洩らす。
「狼のくせに、ずいぶんと紳士的なんだな」
「……言ってくれるな」
苦笑を浮かべ、ゼフィオンは肩をすくめた。そして、心の中でこっそりと付け加える。
(本気で惚れた女には、意外と臆病なんだ。男というのは)
 ――窓の外。蒼い月光と静寂が、二人に静かな祝福を贈っていた。
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