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2014.10.04(Sat):黄昏人
第六章 一話
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 街道沿いの木陰に、女は座っていた。気持ち良さそうに時折口笛などを吹きながら、足早に流れてゆく雲を見上げる。
 女は、周囲の風景にそぐわない派手ないでたちをしていた。くせのある豊かな黒髪に合わせたような漆黒の服は、なかなか露出度が高く身体の線がよく分かるものだ。首や手首、足首には、小気味よい音を立てる金銀の装飾具。美しい顔立ちをしているが、その中には純粋さなどまったく見られず、自信に満ちたしたたかさが漂っている。夜をまとった踊り子か盗賊か。女の印象は、およそ陽の当たる長閑な場所とは縁遠い。
 彼女の名はネイヴァ。冥界の伯爵アベリアルの家臣である女妖魔だ。主のために人間の魂を手に入れる事を生業としている。
 ネイヴァは大きく両腕を伸ばし、首をぐるりと回すと立ち上がった。装飾具がシャランと涼やかな音を立てる。
「誰か来るわね」
 大きな黄金色の瞳を瞬きし、街道へと足を踏み出した。
 直線の続く街道の上には、彼女以外誰もいない。瞳をきらめかせ、ネイヴァは街道と空が交わる箇所へと視線を据え置く。
 やがて、ぽつりと小さな点が現れると、ネイヴァの吊り上った大きな瞳が細められた。
「ふぅん……。ここにいて正解だったかも」
 興味深そうにひとりごつと、人影が近づいてくるのを待った。無意識のうちに、手は腰の小剣を弄ぶ。
 影は、次第にその姿を大きくしていく。やって来るのは若い男女。だが、並んで歩いているのではなかった。馬にも乗ってはいない。
「車椅子の旅人、ね……」
 女がネイヴァに気づいたようだ。立ち止まるのが分かった。しばらく両者は動かず、互いの動向を探る。
(用心深い女……。剣士かしら)
 誰かさんと雰囲気が同じだわ、と考える。
 二人は何やら言葉を交わしていたが、再びこちらに向かって歩き出した。ゆっくりと距離が縮まり、やがてネイヴァの目の前に彼らは立った。
「私たちに何か用ですか?」
 丁寧な物腰で、女が問うてきた。ネイヴァはすぐに答えず、じっくりと二人を観察する。
 女は、十六、七歳といったところだろう。まだ大人になりきれていないあどけなさが窺える。黒髪黒眼。東方の血でも混じっているのか、不思議な顔立ちをした魅力的な女だ。旅人用の厚いマントの下は、ごく一般的な剣士の服装である。だが、その上衣の下に鎖帷子がしっかりと着込まれている事をネイヴァは見抜いていた。女の腰に下がる漆黒の鞘の長剣を見て、相当の手練れだろうと推測する。
 男の方は、知的な瞳とくせの強い栗色の髪をしていた。体格はずいぶんと立派で、恐らく騎士か剣士であったのだろう。ただ、その技量を見ることはできそうになかった。男の膝にかけられた布の下からは、何も覗いてはいなかったのだ。男は、足が悪いのではなく足を失っているのである。
「用なんて、特にないけどね」
 ネイヴァはにやりと笑って言った。
「珍しいじゃない。足が不自由なのに旅をしているなんて。ちょっと興味を持ったのよ」
 素直な彼女の言葉に、男が思わず吹きだした。一方、女は何とも複雑な表情になった。
「見世物じゃないんですけれど」
「キエラ、いいじゃないか」
 憮然とした様子の女を、男が楽しそうになだめた。
「皆そう思うんだよ。でも、見て見ぬ振りをするのさ。俺は、彼女のように素直に接してくれた方が嬉しいね」
「ガス……」
 それでも女は不満そうだ。ネイヴァは、話を聞きだす相手を男へと定めた。どうやら、このガスという男の方が話好きらしい。
「良かったら、旅の目的なんて聞かせてくれない? もしかすると、何か手伝える事があるかもしれないよ」
 心にもない事を、さらりと言ってのける。
 ここのところ、アベリアルの命令のせいで黄昏人たちに手を出せず、ストレスが溜まっているのだ。そのため、代わりに何か面白いことはないかと、ネイヴァはいつも探していた。魔力が低下するのも構わず仕事のついでに人間界をうろつき、方々の人間の問題に首を突っ込んでいたのである。
今も、ただの興味本位から話を聞こうとしただけだった。そして、返ってきた答えは、十分に彼女を満足させるものだった。
「……私たちは、復讐の旅をしているんですよ」
 他人事のように爽やかな笑顔でガスが言った。キエラは、ぐっと眉をひそめて下を向く。
「へえ。可愛い顔して物騒な事言うじゃない。その足の仇?」
キエラがこっそりとガスの服を引っ張る。だが、ガスは大丈夫だからという風に肯くと、キエラの手を軽く押しやった。
「そう……とも言えますが、正確には違います。俺たちが探しているのは、もっと大きな仇ですよ」
 栗色の涼やかな目がネイヴァから逸れ、空に泳いだ。
「俺たちはね、国の仇を探しているんです」
「国?」
 ネイヴァは首を傾げた。魔族の彼女にとって、それは少しばかり理解しがたい答えだったのだ。彼女たちの常識では、仇討ちや復讐というのは、あくまでも自分に対して損害を与えたものに対する行為である。だから、彼女はガスに足の仇かと問うたのだ。だが、彼はそうではないという。自分ではなく、国の仇のために旅をする。ネイヴァには、よく分からない理屈だった。
「それは、あんたの国だったの? あんたは、どこかの王族?」
「いいえ。とんでもない」
 ガスは、ネイヴァの反応に目を丸くした。
「俺は、ただの騎士です。混沌の地方にあったガルバライン王国に仕えていました」
「――え?」
 ぴくり、とネイヴァの眉が動いた。人間の国などまったく無関心な彼女であったが、その国だけは、何度も耳にしたことがあったからだ。
「それって……」
 ガスは、小さく肯く。キエラがそっと彼の両肩に手を置いた。
「もう数月ほど前になりますね。ガルバラインは、滅びました。国王陛下と王太子殿下が突然崩御され、周辺の国に攻め込まれたのです。俺たちは、その原因を作り出したと思われる人物を探しているのです」
 ネイヴァは驚きを隠せなかった。――こんな偶然があるのだろうか?
 彼女の様子に、ガスとキエラは一瞬顔を見合わせ、それから勢い込んで訊ねてきた。
「あの、もしかして、あなたもガルバラインに関係のある方なんですか?」
「え? あ、いや、そうじゃないんだけど……」
 わざとらしく笑い声を上げてごまかす。
「その、ほら、国が滅んだ原因っていうのが、王と王太子の死なんでしょ? で、その原因を作り出した人物を探す……ってことは、その人たちは殺されたって考えてるのよね」
「そうです」
「犯人が誰かというのは、分かってるの?」
 まさか人間ごときに、とネイヴァは考えながら訊ねた。愚かな人間の、しかも若い騎士たちが、あの事件の真相を知っているというのだろうか。もしも、そうだとしたら。
(由々しき問題だわ)
 ネイヴァは、眉間にしわを寄せる。
 しかし、二人はそんなネイヴァの気持ちが分かるはずもない。何かを得られそうだという事で、今やすっかり彼女を信用しているようだった。
「犯人は分かっています。だから、行方を追っているんです」
 ガスに代わり、キエラがきっぱりと言い切った。
「王様と王太子様を殺め、多くの人々の命を奪う原因を作り、そして……」
 ぐっと唇を噛みしめる。その目に涙が浮かんでいた。
「ガスをこんな体にした、悪魔のような……女」
 いつもの癖で腰の小剣をまさぐっていたネイヴァの手がぴたりと止まった。
(女?)
 ガスとキエラの顔をじっと見つめた。キエラは、指先でそっと涙を拭うと、まるでネイヴァがその人物であるかのように激しい目を向けてきた。
「かつてのガスの上官なんです。――名は、アスレシア」
 ネイヴァの黄金色の瞳が鋭く光った。
(アスレシア……)
 何をどう思ったのか、この二人は、あの黄昏人が国を滅ぼした張本人だと思っているらしい。
しばし思いを巡らせた後、ネイヴァは朱色の唇に残忍とも取れる笑みを浮かべた。
(こんな楽しそうな事、見過ごせって言う方が無理よね)
 アベリアルは怒るだろうが、それよりも好奇心が勝った。それに、この程度の人間なら、どうせたいした事にはなるまい。アスレシアの剣の腕前を知っている彼女は、そう結論を下した。
 ひらりと踊るように二人に近づくと、甘ったるい声でネイヴァは囁いた。
「ちょっとね、いい情報があるんけれど。聞きたい?」
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