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2014.10.04(Sat):黄昏人
第六章 二話
【More...】

 大陸には、二つの自由都市領がある。ひとつは北の〈黒き海〉に面した北部自由都市領、もうひとつは南の〈紅き海〉に面した南部自由都市領である。このふたつの特殊な地域は揃って小さな半島を領域としており、その中に点々と存在する大都市に住まうのは、主に他大陸から渡ってきた商人や海賊たちの末裔だ。それらの都市は各々が独自の伝統と文化を持ち、どの国にも属さず自治を行っている。中でも南部自由都市領で最大の規模を誇る港都メイエンガムは、どの国からも一目置かれるほど莫大な富を抱える貿易都市であった。
 港町独特の雰囲気が漂う酒場で、アスレシアとゼフィオンは食事を取っていた。
 吟遊詩人の奏でる陽気な歌声に合わせ、船乗りたちは大声で調子っぱずれな声を上げる。
「どこからこんな元気が出てくるんだか」
 呆れた口調でアスレシアは言った。踊り子が二人のテーブルにやって来て、なまめかしい視線をゼフィオンに送ったが、彼の方はまったく相手にせず無造作に銀貨を二枚放り投げた。
「陰気よりはいい。それにしても、色々な肌の人間がいるものだな」
なおもテーブルを離れようとしない踊り子に手振りで向こうに行くよう示すと、ゼフィオンはぐるりと周囲を見回した。この北方大陸の人間に多い白い肌の他に、東方の島々に見られる黄色い肌、南方大陸の浅黒い肌、その顔立ちも髪の色も本当に様々である。言葉も、聞きなれぬものがあちらこちらで飛び交っていた。港町ならではの風景だろう。
「こういう騒がしい街では、あいつも罠を仕掛けやすいだろうな」
 麦酒の杯をもてあそび、アスレシアは溜息をついた。この大都市のどこかにサニト・ベイの気配がある。だから、彼女たちはここにいる。周囲が陽気に騒げば騒ぐほど、アスレシアの心は重く沈んでいくのだ。
(次は、どんな手を使う気だ……)
 不安は大きい。あの悪魔のごとき少年は、カスラム及びジャルブ近郊では魔力を用いて罠を仕掛けてきた。しかし、ジャルブの街中においては魔力を一切用いず、ならず者にごく普通に依頼をするという方法を取ってきたのだ。少年の魔力を頼りに姿を追い、警戒を続けていた彼女たちにとって、これは衝撃と同時に大きな不安を駆り立てた。どこからどんな手を使ってくるのか、まったく用心の仕様がないのだ。
「あまり考えすぎるな」
 ゼフィオンが穏やかに言った。アスレシアは、知らず厳しい顔になっていたことに気づき、苦笑を洩らす。
「それは、分かっているが……」
 ゼフィオンは、白身魚の香草焼を口に放り込み、麦酒をあおった。
「焦るとろくなことはない。のんびり構えよう」
「呑気な男だ」
「お前と旅が出来るのも悪くない。お前は違うのか?」
 アスレシアの手が止まる。そして、一瞬置いて首まで赤く染めると、勢いよく魚にフォークを突きたてた。
「よくもそんなこと……」
「素直に言えるな、か?」
 ゼフィオンはにやりと笑う。
「お前は、相変わらず素直じゃないな」
「放っておけ」
 アスレシアは、完全にゼフィオンのペースになっている事に腹を立て、ふいと目を逸らした。――と。
その目が一点で留まる。
(あの女、どこかで……)
 彼女たちと最も離れた場所にあるテーブル。そこに見覚えのある横顔があった。長い黒髪が印象的な若い女だ。だが、どこで見たのかは思い出せない。勿論、名前も。
「どうした?」
 ゼフィオンの声にも、アスレシアは女から目を離さなかった。懸命にその素性を思い出そうとする。女の傍らには栗色の髪をした男が座っていたが、こちらに背を向けているので顔は分からない。
(ガルバラインにいた時……か?)
 記憶をたどる。それでも思い出せなかった。
 その時、アスレシアの視線に気づいたのか、女がこちらを向いた。黒い瞳が彼女を捉えた、と思った瞬間。
 ガタン。
 大きな音を響かせ、椅子を蹴倒して女が立ち上がった。思ってもみなかった激しい反応に、アスレシアは面食らう。記憶にとどめぬほどの女の反応とは思えない。
 女はさっと腰を屈め、同じテーブルについていた男に耳打ちをした。男が身体を捻って振り向く。その顔を見たとたん、アスレシアは思わず叫んでいた。
「――ガス!」
 男の方は、しっかりと彼女の記憶に残っていた。男の顔が分かると同時に、思い出せなかった女の素性も蘇ってくる。男の恋人で、確か名をキエラといった。家を出てガスを追ってきた隣国ペルムの貴族の娘だったと記憶している。
「知り合いか?」
 ゼフィオンの問いに、アスレシアは小さく肯いた。
「ああ。ガルバラインで私の部下だった男だ。名は、ガス・ハルディース。しかし……」
 なぜか、嬉しさは沸きあがってはこなかった。今の自分が、すでに過去とはまったく異なった存在であること。そして、あの日の出来事。それらがアスレシアから再会の喜びを奪っていた。更にもう一つ、彼女の笑顔を妨げた決定的なもの。それは。
 目であった。
 ガスとキエラの凄まじいまでの憎悪の視線。殺気すら含む二人の目に射られ、アスレシアは浮かせていた腰を再び下ろした。とても近づける雰囲気ではなかったのだ。
「……何か恨みでも買ったのか」
 ゼフィオンも二人の異様な視線を見咎め、尋ねてきた。しかし、身に覚えなど一切ないアスレシアには答えようがない。
 女が立ち上がる。
 アスレシアは、反射的に腰の剣に手を伸ばした。女の方も、いつでも抜けるように隠すことなく剣に手を添えている。
(――相当なものだ)
 女の物腰にアスレシアは警戒を強めた。外見に惑わされては、痛い目を見そうだ。
「………」
 滑るようにテーブルまでやってくると、女は漆黒の瞳でアスレシアを見下ろした。左目尻にあるほくろを見て、ようやくアスレシアはこの女と初めて出会った時の事を思い出した。
「久しぶりだな」
「……あなたに返すあいさつなど、ありません」
 昂ぶりを抑えているのか、女は押し殺した声で言った。その背後で、キィ、と聞きなれぬ音がする。
「キエラ。いくらなんでも、それは失礼だ」
 ガスの声である。女とアスレシアは、同時に彼に目をやった。
「ガス……。お前」
「お久しぶりです。隊長」
 記憶の中にある人懐こい笑顔だ。あまりにも以前と変わらぬその笑顔に、アスレシアの表情が歪んだ。
「足を………」
「ええ。おかげで剣を振るう事はできなくなってしまいましたよ」
 ガスは笑顔を崩さない。しかし、唇の両端は上がっていても、瞳は冷たく無感情だった。
「あなたが知らない、あの戦争でね」
「………」
 含みのある言い方だ。アスレシアは眉をひそめた。
(国が滅びた戦争の原因は、私にあると思っているのか)
 二つの殺意を正面から受け止めつつ、頭の中で言葉を整理する。そして、慎重に口を開いた。
「目的は、私なんだな」
「はい」
 即座にキエラが答えた。
「あなたを探して旅をしてきました。祖国の仇を取るために」
「……私が、陛下と王太子殿下を暗殺したと思っているのか」
「あなた以外に誰かいるとでも?」
 キエラは、素直に自分が犯人だと認めぬアスレシアに怒りを感じたようだった。アスレシアは剣から手を離し、争う意思がない事を示す。
「私は一介の騎士にすぎなかったし、何より心から王と国に忠誠を誓っていた。そんな事ができようはずがない」
「では、なぜ!」
 キエラの高い叫び声に、周囲の客が振り返る。ガスが落ち着くようにと彼女に囁いた。
「――では、なぜ、姿を消したのです。あなたは、あの日あの時に逃げたではありませんか」
「………」
 アスレシアは答えなかった。確かにそれは、紛れもない事実だったからだ。“逃げた”というのは違うが、あの一大事に姿を消したのは否定できない。そして、その行動は、最も誤解を受けるものだというのも事実である。
 アスレシアの無言の返答を、ガスとキエラは肯定と受け取ったようだ。キエラは、腰の皮袋から何かを取り出すと、テーブルの上に叩きつけた。杯から麦酒が跳ね、テーブルを濡らした。
「元近衛騎士団第二部隊長アスレシア・ジェスラート。あなたに決闘を申し込みます。我が名はキエラ・ティアナ、そしてガス・ハルディース。失われし祖国にかけて、剣を交えんことを」
 給仕の娘が不審な目を向け、傍らを通り過ぎていった。それをやり過ごすと、ガスは「今日、夜の十鐘に岬の墓地にて」と簡単に告げ、車椅子を器用にくるりと回転させて自分たちのテーブルへと戻っていった。キエラは、最後にアスレシアとゼフィオンに鋭い一瞥をくれてから背を向ける。
 ゼフィオンが、何かを言おうとして口をつぐんだのが分かった。彼女の表情を見て、自分の言葉が意味を持たぬと考えたのだろう。
 アスレシアは、視線を落とす。
 仇討ちの場合、故人の遺品を決闘相手に渡すのが決まりだった。
 武勇を表す剣と建国の伝説にまつわる牡鹿の角を組み合わせた紋章。かつて自分が身につけていた、今はなき王国のそれを、彼女は震える手で掴み取った。
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