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2014.10.04(Sat):黄昏人
第六章 三話
【More...】

 海に生まれ海に死す船乗りたちの墓は、岬の上にあった。死してもなお、彼らは海の傍らにある事を望む。すべては海より生まれ、海に帰るのだという。
 黒い海を眺め、アスレシアとゼフィオンは不気味な墓地に立っていた。
「なぜ、受けた?」
 ゼフィオンが短く問う。アスレシアは、闇の中に白く光る波に目をとどめたまま「さあな」と気のない返事をした。
「真実を言えば、闘わずに済んだのだろう。無駄な争いは避けるのが、お前の主義ではなかったのか」
「………」
 彼の言うとおりである。可能な限り話し合いで解決するのが、彼女の望むやり方だ。剣を抜くのは最後でいいのだ。
「私にも、よく分からないんだよ」
 アスレシアの言葉は、半ば自分に向けられたものだった。
 ガスのことだ。あの日の出来事をすべて話せば、分かってくれただろう。しかし、彼女はそうしなかった。騎士にとって、これほどの不名誉はないにもかかわらず、だ。
(なぜだ?)
 この期に及んで、まだサニト・ベイを庇おうとしているのか。それとも黄昏人となったことを、知られたくなかったのか。
 ふと見上げれば、ゼフィオンの不安げな瞳が彼女に注がれていた。
「……まずいな」
「何が」
「お前が」
 ゼフィオンは、そっとアスレシアの髪に指を這わせた。彼女の結わえた髪をすくい取り、何度も撫でる。
「不安定な心では、あの女には勝てないぞ。分かっているだろうが、あれは相当な手練れだ。」
「……心配いらない」
 アスレシアは小さく笑った。
「私には、目標が……成すべき事がある。こんな所で死にはしない。それとも……」
 少し意地悪な目つきになり、ゼフィオンを見つめ返す。
「私を信用していないのか?」
 ゼフィオンは、しばし彼女の目を見つめた後、小さく息をついた。
「その目なら大丈夫か」
「当たり前だ。くだらない事を考えるな」
 彼の中には、アスレシアがキエラに討たれるつもりなのではないか、という思いがあったようだ。サニト・ベイの側近として付き従っていたゆえの責任感から、死を選ぶのではないか、と。
 アスレシアには、それがよく分かった。そうでなければ、ゼフィオンが自分の剣に対して不安を持つことはないはずだ。
「国を滅ぼしたのは、私ではない。サニト・ベイの狂える行動だ。私は、ガスとキエラにその事を理解してもらうつもりでいる」
「矛盾しているぞ」
「……ああ、そうだな」
 アスレシアは肩をすくめた。決闘を受けておきながら、理解してもらうというのだ。矛盾以外のなにものでもない。
「だから、自分でもよく分からないんだ」
 これ以上話していても、同じ事を繰り返すだけだ。二人は口を閉ざした。とにかく今は、キエラとどう闘うのかだけを考えなければならない。
 潮騒に混じり、後方で木の軋む音がした。
 振り返ると、ランプの灯がゆらゆらと揺れながら、こちらにやって来ていた。ずいぶんと低い位置にあるのは、ガスが持っているためだろう。
 ゼフィオンが足元に置いていたランプを手にして、前方にかざした。

 張り詰めた空気が、二人の女を包みこむ。
「お待たせいたしました。早速始めましょうか」
 まるで訓練試合でも行うような口調でガスが言った。キエラは、ガスの車椅子を少し離れた場所まで押していくと、すぐさま剣を抜き放つ。よく手入れされた白刃が、ギラリと禍々しい光を放った。
「………」
 アスレシアもゆっくりと鞘を払う。あのコロシアムでネイヴァより受け取った魔力の剣だ。持っているだけでその力が伝わってくる。二人は剣を構え、静かに向かい合った。
「何か言う事はありませんか?」
 キエラの落ち着いた声に、アスレシアは笑った。
 剣を交える前に、言い遺すことはないかと言っているのだ。自信か挑発か。アスレシアは前者と受け取った。下手な小細工を弄するような女ではない。
「……そうだな。ひとつだけ、知りたいことがある」
「なんでしょう」
「私の家族がどうなったのか、知らないか?」
 キエラは、ちらりとガスに視線を走らせた。ガスは、うつむいて小声で答えた。
「騎士団長は、全員亡くなられました。……ギルザム団長も」
「そうか。母と弟については?」
「わかりません」
 ガスは首を横に振った。アスレシアは、もう一度「そうか」とつぶやくと、大きく息をひとつついてキエラに向き直った。
「もういいぞ」
「はい」
 一礼した瞬間、二人の女剣士の顔つきが一変した。「始め」の合図など無論ない。アスレシアは切っ先を下方に向け、下段に剣を構える。一方、キエラは正攻法の中段の構えだ。
 じり、とキエラの爪先が前に出る。同じ分だけアスレシアは下がる。
(さすがだな)
 思った以上だ。寸分の隙もありはしない。幼い頃から正統な剣術を受けた上に鍛錬を積み重ねてきた事が窺える。
(五分……か。もしかすると、私の方が負けているかもしれないな)
 冷静に判断を下す。キエラも同様に感じているのか、動こうとはしない。
 暖かな南国の空気をも凍らせる緊張。破ったのは、キエラだった。
「ていやああっ」
 鋭い気合と共に間合いを詰め、剣を振り下ろす。ガツンと激しい火花を散らし、二本の長剣がぶつかりあった。
 ランプの灯が二つあるだけの薄明かりの中でも、彼女たちの力は鈍らない。
 上から振り下ろされてきた白刃を、アスレシアは刀身でがっちりと受け止めた。力任せに弾き返すと同時に、足元から真上に電撃のような一撃を放つ。しかし、キエラは身体を仰け反らせて後方に軽く跳ねると、易々とかわしてみせた。
 間髪を入れず繰り出されてきた凄まじい一閃が、アスレシアの服を裂いた。軽鎧をつけてこなかったことを、一瞬悔やむ。
 体を流しながらも剣を一文字に薙ぐ。魔力の剣はキエラの髪の一部と腕を捕らえ、ほんの少し赤いものを散らせた。
「くっ……」
 キエラは顔を歪ませる。と同時にその表情に驚きが現れた。アスレシアの剣が、ただの剣ではないことを、肌で感じ取ったのだ。
「はあああっ!」
 早めに勝負をつけようと考えたのか、キエラはすかさず次の攻撃に移った。大上段から剣を振り下ろす。アスレシアは、反射的に剣を水平に構え、防ごうとした。が。
(牽制!?)
ぎらりと銀色の尾を引き、キエラの剣はアスレシアの剣にぶつかることなく、眼前の虚空を切った。危ない、と思ったときには、下方からの突きが彼女の喉をめがけて繰り出されていた。
「うっ……!」
 首筋に鋭い痛みが走る。とっさに身体をひねり、辛うじてかわしたのだ。首の皮一枚を裂いて、白刃は彼女の耳元をかすめていった。
 キエラは飛びすさって間合いを開けた。確実に勝ったと思った一撃がかわされ、よほど悔しかったと見える。罵りの言葉を小さく吐き捨てた。
 再び両者は睨みあった。
 アスレシアは、キエラの腕前に内心舌を巻いていた。
(実戦向きではないが、一対一ならば、まず負ける事はなさそうだな)
 だからこそ、足を失った恋人を伴い、復讐の旅などできるのだろう。アスレシアの胸中に、何ともいえぬ複雑な思いが広がっていく。
 自分自身もまったく同じ目的で旅をしているのだ。国を滅ぼし、自身の運命を大きく狂わせた者に恨みを抱いて。追う立場であるはずの自分が、まったく同じ理由で追われていようとは。思わず苦い笑いがこみ上げる。だが、それと同時に、アスレシアは、なぜ自分がこの決闘を受けたのか分かったような気がした。
もしも自分がサニト・ベイと向き合ったとき、彼が話し合いによって和解しようと言い出したとしたら、どうするだろう。あれは、すべて誤解なのだと言い出したら、どう答えるだろう。到底信じる事などできず、問答無用と斬りかかっていくはずだ。真実がどうであれ、復讐を誓った相手とは、一度でも剣を交えねば自分自身を納得させる事はできない。たとえ、それが自身の過ちだと知ったとしても。
決闘を受けた上で、二人に真実を理解してもらう。それは、矛盾ではない。必要な過程だったのだ。
だからこそ。
(私は、勝たねばならない)
 アスレシアは、両手に力を込めた。
「勝負!」
 ふたつの影が、再びぶつかりあう。
 闇の中に、銀色の光が一筋、弧を描いた。
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