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2014.10.04(Sat):黄昏人
第六章 四話
【More...】

 二人の女は、互いを見つめたまま動かなかった。
 アスレシアの剣が、キエラの喉元で光る。勝負は、決したのだ。
 唇を振るわせるキエラに冷ややかに見据えながら、アスレシアは剣を引こうとした。――が。
 不意に、びくりと彼女は身体を硬直させた。剣先が一瞬大きく揺らぎ、小刻みに震え始める。
「アスレシア?」
 ゼフィオンが訝しげに声をかけてきた。ランプに照らし出された彼女の顔が、先とは打って変わって蒼ざめているのを見て、眉をひそめる。
「おい。どうした」
 ゼフィオンは、一気に呼吸が荒くなったアスレシアの肩を掴んで揺さぶった。恐ろしいものでも見るように、彼女はひどくゆっくりとした動作で顔を上げた。
「やつだ。やつの嗤いが……見えた」
「なに」
 ゼフィオンは反射的に鋭い視線をガスとキエラに向けた。
「お前たち、やはり……」
「違う。彼らじゃない」
 アスレシアはゼフィオンの語尾を断つと、身を震わせた。
「何だ? この感覚は……こんな……」
 胸の奥から突き上げてくるような異様な感覚は、今までとは明らかに違う。しかし、サニト・ベイの嘲笑は、あまりにも鮮やかに見える。
キエラに突きつけていた剣を引き、アスレシアは周囲に目を走らせた。その目に、ぽつんと小さな灯が飛び込んできた。瞬間、彼女の喉が鋭い音を立てる。
「あれは……」
「何なんです? あの灯がどうかしたんですか?」
 状況をまったく理解できず、訝しげに彼女たちを見つめていたガスが訊ねてきた。ゼフィオンが口を開きかけたが、アスレシアは素早く制すると、荒い呼吸の合間を縫って言葉を搾り出した。
「……ガス。陛下と王太子殿下を手にかけたのは、私ではない。あの日、私の他にもう一人、行方が分からなくなった重要な人物がいるだろう」
「もう一人?」
 ガスは目を伏せてしばし考える仕草をみせたが、すぐにハッと面を上げる。その目には驚愕の色が浮かんでいた。
「……まさか」
「その、まさかだ。きちんと順を追って説明するつもりではあったが、どうやら、その手間は省けたな」
「馬鹿な。サニト・ベイ殿下が……」
「ありえない、と思うのは当然だ。だが……」
 四人は一斉に小さな灯に目をやった。ゆらり、ゆらりとそれは近づいてくる。
 アスレシアは、すでに分かっていた。いつもと違う感覚が、何を意味するのかを。
 背後で、ゼフィオンが息を呑むのが分かった。
「本人、なのか?」
「ああ」
 振り返らず、アスレシアは答えた。
「もうひとつの姿になるなよ」
 アスレシアの忠告に、ゼフィオンは表情を引き締めて肯く。そして。
 ――美しい少年の姿が、闇間に浮かび上がった。

「なぜ、こんな所にいる? 鬼ごっこは、もう終わりか」
アスレシアの刺々しい言葉に、サニト・ベイは笑みを見せた。形の良い朱色の唇が不気味につり上がる。
「いいや。残念ながら、まだ飽きてはいない。……少し予定が狂ってしまったんだよ。海が荒れていて、船が出なくてね。それで、追いつかれてしまったというわけだ。折角だから、僕自らおもてなしをしようと思っていたんだけれど……面白いものを見せて貰ったよ」
 サニト・ベイは、酷薄な笑いをガスとキエラに投げつけた。
「そっちの車椅子の男は見たことがある。近衛騎士だったかな。女の方は知らないが……」
「ガス・ハルディースとキエラ・ティアナです。サニト・ベイ殿下」
 ガスは頭を下げ、胸に手を当てて騎士の礼を取った。キエラも慌ててひざまずく。その態度に、アスレシアは苦いものを隠すことができなかった。
「殿下……ね。お前たちは、何も聞いてないのかい?」
「………」
 二人は困ったように顔を見合わせる。ガスが恐る恐る口を開いた。
「つい先程、聞きました。ですが、俄かには信じられません。ご自身の父君と兄君を手にかけるなど……」
「なるほど」
 最後まで言う事を許さず、サニト・ベイは強引にガスの言葉を切った。
「肉親が互いに殺し合うなどない、というわけか。幸せな家庭で育った者は、そう考えるんだろうね」
「………」
「僕は、そういう類の人間が大嫌いなんだ。血のつながりに縛られた人間がね」
「殿下」
「その呼び方は、やめてくれないか。僕は、あの国に愛着を持ったことなど一度としてないんだ。父と兄についても同じだよ。彼らは侮蔑の対象でこそあれ、尊敬や敬愛の念を抱いたことなど、ただの一度もありはしない」
 満足そうな表情を浮かべると、サニト・ベイは少しばかり声を大きくして最後の一言を口にした。
「どうせなら、国ごと消えてもらおうと思ってね。目障りだったんだ」
 二人の表情が凍りついた。
「では……殿下が……我が陛下と王太子殿下を……。ガルバラインを滅ぼしたのは、サニト・ベイ殿下ご自身であると……?」
 サニト・ベイは、またも殿下と呼ばれた事に対して不満気に眉をひそめると、冷たく言い放った。
「そういうことだよ。納得できないのなら、もう一度言おうか? あの国を滅ぼしたのは、この僕。第二王子のサニト・ベイ・ラス・セルディンだ」
 本人の口からきっぱりと告げられた事がよほど衝撃だったのか、ガスとキエラは呆然と立ち尽くす。サニト・ベイは、そんな彼らにあっさりと興味を失ったらしい。小さく肩をすくめると、アスレシアとゼフィオンに向き直った。
「さて、アスレシア。ここで振り出しに戻ったわけだ……。どうしようか?」
「なに……?」
「まだまだ遊び足りないからね。また僕は逃げようと思うんだけれど、お前は数を数えて待っていてくれるかい?」
「ふざけるな! 貴様とはこの場で決着をつけてやる!」
 激昂するアスレシアに、サニト・ベイは薄く笑う。
「だろうね。では、一戦交えるとしようか……」
 少年の白い腕が高々とかざされたかと思うと、破裂音を伴って掌に小さな光が現れた。
 火だ。
 小さな火は徐々に姿を大きくすると、意思を持った生物のように、くるくると回った。その玩具のような無邪気な動きが、かえって凶悪さを感じさせる。
「……いつのまに、こんな魔力を」
 ゼフィオンが驚きを隠しきれず、つぶやいた。
 火は、回転しながら瞬く間に大きな球体となり、熱気が彼女たちの元まで流れてきた。墓地が不気味に照らし出される。ふざけたように点滅をするその姿は、遠くをゆく船には灯台と見えるだろう。
 アスレシアはごくりと生唾を飲むと、剣を構えた。剣で炎が斬れるのか、一瞬、不安がよぎった。しかし、闘うしかないのだ。自分に言い聞かせ、迷いを振り払う。
 サニト・ベイが手を軽く一振りすると、炎は一段と高く空に上った。アスレシアは、ほんのわずかな動きも見逃すまいと、全神経を集中させた。
 再び緊迫した空気が周囲を覆う。どちらが先に仕掛けるのか。どちらも動こうとはしない。アスレシアの顎から汗が滴り、サニト・ベイの笑みが静かに深まる。
痛いほどの緊張は、限界まで達した――と思った、その時。
 アスレシアの視界の端を、何かが走り抜けた。
 黒い影と銀色の光。それが、キエラだと気づいた時には。
「サニト・ベイ! 覚悟!」
 澄んだ声が静寂を破っていた。サニト・ベイの身体が横に大きく跳び、白い衣服が切り裂かれて宙に舞う。
 気を乱されたせいなのか、炎が震えて消える。それを見た少年の白い顔が引きつった。動揺してしまったことがよほど悔しかったのか、サニト・ベイは滅多に見せない怒りを剥き出しにすると、再び指先に火を生じさせて一気に燃え上がらせた。炎に照らし出された鳶色の瞳が、真っ直ぐにキエラに注がれる。
「やめろ!」
 アスレシアは叫んだ。だが、キエラは怯むことなく正面から剣を振りかぶって斬りかかった。同時にサニト・ベイの腕が彼女に向かって突き出される。燃え上がった炎は、矢のごとく彼の手から放たれ、そして――
凄まじい悲鳴が闇夜を裂いた。炎はまともにキエラの顔面を捉えていた。後方に吹き飛ばされた彼女の身体は、地面に仰向けに叩きつけられて人形のように大きく跳ねた後、動かなくなった。
「きさまぁぁッ!」
 ぶつりと音を立てて、理性が切れる。アスレシアは怒号とともに斬りかかった。投げつけられてきた炎に、力任せに剣を叩きつける。魔力の剣は見事に炎を砕き、勢いを殺さぬままにサニト・ベイの胸から腹をかすめた。続いて腕に一撃。少年の美しい顔が大きく歪んだ。
「くっ……!」
 アスレシアは息もつかずに剣を振るう。怒りに満ちた攻撃は、サニト・ベイに炎を起こす暇も与えなかった。その凄まじさに、さすがに形勢不利と判断したのだろう。サニト・ベイは隙を見つけて軽やかに身を翻すと、岬の先端へと駆け出した。追い討ちをかけるように横合いから繰り出されたゼフィオンの剣が、彼の脇腹を裂いた。
「お前たち、よくも……!」
 崖を背にして振り返ると、サニト・ベイは紙のごとく白くなった顔を二人に向けた。
「よくも、僕を傷つけたてくれたな。許さない……絶対に許さないぞ! 半魔の化物どもめ、覚えていろ!」
 あっと思う間もなく、少年は崖から身を躍らせた。二人の眼下で、黒い影がどんどん小さくなっていき、やがて、小さな白い飛沫が海面に上がるのが見えた。
「……逃げたか」
 ゼフィオンが舌打ちをする。
「………」
 アスレシアは、闇色の海から目を離した。
振り返れば、横たわったキエラと、彼女にすがりついて泣き叫ぶガスの姿があった。

 数日後、アスレシアとゼフィオンは、病院の前でガスと向き合っていた。
 キエラは一命を取り留めたものの、その左目は永遠に光を失い、顔の傷も二度と元の美しさを取り戻すことはないだろうと医者は告げた。
「……キエラには、会わずにいてやってください」
 今にも泣き出しそうな面持ちで、ガスは言った。
「隊長がガルバラインを滅ぼした犯人ではないということは分かりました。ですが、たとえどんな理由があったとしても、やはり……」
 アスレシアは、自嘲めいた笑みに頬をゆがめると、小さくかぶりを振った。
「許してもらおうなどと思ってはいない。あの場からいなくなったのは事実だ。それと、その呼び名はよせ。もう私は隊長ではないのだから」
 ガスは少し視線を漂わせた後、「はい」と小声で答えた。そして、思い切ったように口を開く。
「隊……あなたは、彼を追っているのですよね。その後、どうするつもりですか? 捕らえて罪を認めさせるのですか? 改心させるつもりですか、それとも」
「捕らえるつもりなどない」
 ガスの言葉を途中で断ち切って、アスレシアは答えた。
「奴を追いつめた時が、私の旅の終わりだ。その場で罪を贖ってもらう」
「それは……つまり……」
「何の迷いもない。私の目的はひとつだ」
「そう、ですか」
 純朴な青年騎士は、何とも言いようのない表情を浮かべた。自身の心の支えとして追ってきたものが覆され、知ってしまった真実は、さらに重い。
「キエラのためにも、必ず目的を果してください。今の俺には……それしか言えませんが」
 視線を合わせられぬまま、アスレシアはひとつ肯いた。
「……それで、私の罪が少しでも贖えるのなら」
 軋む音を立て、車椅子が病院の中に消えていく。
 故郷が、また一歩、遠くなった。
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