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2014.11.04(Tue):黄昏人
第七章 一話

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「悪かったと思ってるわよ」
 素直にネイヴァは謝った。
 アスレシアとゼフィオンは、じっと腕を組んだまま、身じろぎもせずに彼女を見つめる。
「まさか、そんな事になるなんて思わなかったから……。ほんの出来心で、あんたたちのいる場所を教えたのよ」
「彼女は、一生顔の傷とともに生きていかなければならない」
 ゼフィオンは、ため息をついて言った。
「いかにくだらぬ人間の命とはいえ、後味は悪いだろう。これに懲りて、二度とこんなことはするな。今、俺たちに関われば、まず間違いなく巻き添えを喰う」
「あの人間の子供が、あんなに魔力を高めてるなんて思わなかったのよ。だって……」
「お前がどう思おうと、あいつが魔力を使うことに変わりはない」
 アスレシアの硬い声に、ネイヴァはぐっと言葉に詰まる。
「……悪かったわよ。ごめんなさい」
 どれほど言い訳をしても無駄だと悟ったのか、ネイヴァはもう一度素直に謝った。
 アスレシアは、もういいという意味を込めて席を立った。どこへ行くのかと問うゼフィオンに苦笑を返すと、窓辺に立つ。
 行くところなど、ない。ここは冥界にあるコズウェイルの館なのである。
 彼らの主、コズウェイルとアベリアルは、今、別室でサニト・ベイの今後について相談している。
 メイエンガムの岬から海へと身を投じて以来、少年は完全に気配を断っていた。アスレシアとゼフィオンは、再び彼の気配が見つかるまでの間、冥界に戻っているようにと指示を受けたのだ。
「冥界だの黄泉だのと言っても、人間の世界とほとんど変わらないんだな」
 窓の外を眺め、アスレシアはつぶやいた。
 天には太陽の代わりに二つの月が交代で輝き、行き交う者たちの姿は、人、獣、魔物と様々だ。しかし、それ以外は人間の街となんら変わるところはない。石造りの家々が立ち並び、道は整備されている。大通りには市が立ち、見たこともないような野菜だの魚だの――人間の感覚からすれば多少不気味な外見ではあるが――が並ぶ。人ごみの中を走り回る子供たち。それを叱る母親の声。とても死者が来る世界とは思えない。
「私たち魔族はね、元々は人間界にいた古代種族の生き残りなのよ」
 ネイヴァが音もなく隣にやってきて、外を眺めた。
「その昔、死を司る神の一人が死者の世界を造ろうとした時、滅びの危機に瀕していた幾つかの種族を選んで連れて行った。死んだ人間どもを管理するためにね。それがこの冥界の始まり。種族たちは、いつしか悪魔や妖魔といった魔族と呼ばれる存在になり、人間界へは戻れなくなってしまった……。でも、元々は同じ世界に生きていたから、両種族の間に子供は生まれる。それがゼフィオンのような生粋の黄昏人ってわけ」
「……初めて聞いた」
「魔族の子供は、小さい頃からこの伝説を聞かされて育つわ」
「死者を管理する、というのは、どういう事なんだ?」
 アスレシアの問いに、ネイヴァは「ああいう事よ」と言って通りを指差した。見れば、大荷物を担いで歩いていく一団があった。皆、一列に並び、両手足を鎖に繋がれ、必要最低限の自由しか与えられていない。いわゆる奴隷である。
「死してもなお、働かされる……か」
「そう。でも、彼らはまだ幸せかな。かりそめの身体を与えられて、一応生きていたときと大差ない生活は送れるから。ただ奴隷になる、というだけでね。それに、一定の年数を過ぎれば転生もできる。けど、貴族の財産となった上質の魂たちは、転生も許されずに永劫の時を彷徨いつづけなくてはならない。……人間って、そういうのが苦痛なんでしょ?」
 アスレシアは、肩をすくめて笑う。
「私に人間ではないと認めろと言うくせに、そういう事を訊いてくるのか」
「だって、元は人間じゃない」
「まあ、な」
 奴隷の一人が、荷物を取り落とした。すぐさま小さな妖魔が駆け寄って、その背を鞭打つ。それは、人間の世界でもごくありふれた光景だ。眺めていると、死者と生者という境界すらもあやふやになってくる。死者の世界のはずなのに、ここにいる者たちは、確かに生きているのだ。
(結局、人間は異なった二つの世界を行き来しているだけなのか……。そして、時に私のような、狭間に落ちる者が現れる)
アスレシアは、かねてから思っていた疑問を口にした。
「黄昏人になれば、人間よりも長く生きるのか」
 それは、疑問であると同時に不安でもあった。ネイヴァは、彼女の表情から鋭くそれを読み取り、笑う。
「心配いらないよ。ほんの少し……百五十年くらいに延びるだけ。元が人間だともう少し短いかな。あたしたちは、軽く二百年は生きるけれど」
「魔族が死んだら、どこへ行く?」
「さあ。考えたこともない。でも、他に世界はないからね。消えてなくなるか、また冥界に転生するか、じゃない? もしかすると、人間として生まれたりするかも」
 おかしな事を考える、とネイヴァは黄金色の目を光らせ、言った。
「なんだかね……。あんたに興味が沸いたわ」
「私に?」
「そう。死神の血を受けて黄昏人となった人間を今まで何人か見てきたけど、あんたみたいに何にも変わらないのは、初めてだわ。自分を受け入れられず心が壊れるか、魔力を手にしたのが嬉しくて暴走した挙句に処分されるか、普通はどちらかになるんだけれどね。だから、元が人間の黄昏人は、どれだけ作っても増えることはないの」
「なるほど。では、私は変わり者というわけだな」
「そう」
 ネイヴァはちらりと後方を振り返り、先程からじっと手元の杯を見つめているゼフィオンに視線を送った。
「あいつも結構変わり者だし、いいんじゃない? 変わり者同士で」
「なっ……」
 カッと頬を染めるアスレシアに、ネイヴァはくすくすと笑い声を立てると、窓を大きく開け放って身を乗り出した。
「あ。ペンドラゴンのやつ、やっと帰ってきた」
 アスレシアが口を開く間もなく、ひらりと二階の窓から身を躍らせると、地上に落ちる直前にくるりと一回転する。地面に降り立った黒猫は「ニャア」と楽しそうに一声鳴くと、姿を消した。
 アスレシアは、しばし上空の鴉と猫の消えた茂みを交互に見つめていたが、やがて肩をすくめると窓を閉めた。
「ネイヴァの奴、それなりに反省しているみたいだな。あいつが謝るなど滅多に見られないぞ」
 ゼフィオンが杯を差し出しながら言った。素直に受け取ったアスレシアは、並々と注がれた血のように赤い液体の匂いを嗅ぐと、少しだけ眉をしかめた。そして、酒を零さぬように注意深くゼフィオンの隣へと腰を下ろす。
「怒っているのか?」
「いや……」
 アスレシアは、微笑むと杯に口をつけた。強い香りが喉から鼻に抜ける。何を原料にしているのかは分からないが、火酒よりもさらに強い酒だ。
「ネイヴァの行動は不愉快だが、キエラとガスが私を追っていた以上、遅かれ早かれ起きていた事だと思う。それに、彼女にあんな傷を負わせたのはサニト・ベイだし、防げなかったのは私だから……」
 責任の一端は自分にもある。
「お前が防げなかったのなら、誰にもできなかったと思う。少なくとも俺は、な」
「……お前が思ってくれるなら、それでいい。楽になる」
「嬉しい事を言ってくれるな」
 ゼフィオンは、手を伸ばし彼女の肩を抱き寄せようとして――立ち上がった。足音を忍ばせるように歩くと、扉を静かに開けて顔を外に出す。
「立ち聞きか。悪趣味な奴らだな」
 扉の隙間から、ネイヴァとペンドラゴンのニヤリとした笑みが覗いた。
「せっかくのところお邪魔して悪いけど、例の少年の気配が見つかったみたいね。アベリアル様が呼んでるわ」
「本当か?」
 アスレシアも立ち上がり、ゼフィオンと一緒に部屋を出た。
 上品な調度品で飾られた薄暗い廊下を歩き、四人は主の部屋に向かう。と、ペンドラゴンがしかつめらしい表情でゼフィオンに声をかけた。
「先にコズウェイル様から、少し話を聞いたんだ。あいつの気配の現れた場所のことなんだけどな……」
「どこだ?」
「お前には、ちょっと辛いかもしれないぜ」
 ゼフィオンは、一瞬怪訝な顔になったが、すぐに何かに思い当たったようだ。表情が険しくなった。
「まさか……ケーズの村か?」
「ああ。そのまさかだ。偶然か故意かは分からんがな。奴の――サニト・ベイの気配は、あの村で見つかったらしい」
 ケーズの村。アスレシアは聞いたこともない村だった。どこにあるのか訊ねようと、彼女はゼフィオンの顔を見上げた。だが。
「―――」
 思わず口をつぐむ。
 先までの穏やかな表情は跡形もなく消え失せ、ゼフィオンの頬は色を失い、眉間にはぐっと深いしわが刻みこまれていた。まるで別人になってしまったような彼の表情に、アスレシアは困惑した。
 こんな顔つきのゼフィオンを見たのは初めてかもしれない。
 言いようのない不安が、湖面に立つ漣のように彼女の心を揺らした。
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