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2014.11.04(Tue):黄昏人
第七章 四話
【More...】

 目障りだった。
 視界の端に入ってくる群衆。記憶に残る面々。非難に満ちた彼らの瞳は、ゼフィオンに注がれている。
(その眼で俺を見るな!)
 ゼフィオンは顔を背けた。かつて、母に手を引かれて村を訪れた時を思い出してしまう。この村の、この広場で、彼らは今と同じように、非難と軽蔑の眼差しを彼に向けてきた。
「女に戦わせて、自分は見物か!」
 再び誰かが叫んだ。
「うるさい!」
 ゼフィオンは吠える。
「貴様らは黙っていろ!」
 何も知らぬくせに。気づきもしないくせに。俺のことなど、誰も。
 ゼフィオンは罵声を吐き捨てると、アスレシアに視線を移した。
 炎と彼女の戦闘は、激しさを増していた。金色の幻影が嗤う度に炎が吹き上がる。前後左右から休む間もなく、炎は攻撃の手を彼女に叩きつけ、彼女はそれを軽やかに避けては魔力の剣を繰り出す。だが、形勢は目に見えてアスレシアが不利だった。刃は炎の表面を切り取るが、中心部までは届かない。突き立てようとしても、熱さのせいで懐に飛び込めないのだ。汗を散らし、火傷を負い、彼女は顔を歪めて懸命に剣を振るっていた。
 その表情が、彼に幾ばくかの冷静さをもたらした。
 ゼフィオンは痛いぐらいに歯を噛みしめると、ぐるりと周囲を見回した。
 この位置では、激しく動く彼女と炎が直線上に並んでしまう可能性が高い。どこか別の場所から近づいて、炎だけを射なければならぬ。
(――上か)
 炎が自分の動きに反応しない事を祈りつつ、ゼフィオンは小屋の横手に積まれた薪に飛び乗った。一旦動きを止めて、炎の動きを目で追う。――大丈夫だ。化け物は、アスレシアとの闘いに集中している。
 薪を足場にして、屋根へと登る。長身だが身軽な彼のこと、長弓を手挟んだまま、難なく屋根の上に立った。
 上った途端、ごう、と音を立てて強い風が吹きつけてくる。手で風を防ぎつつ、ゼフィオンはざっと周囲を見回した。
「……見たくもないものが、よく見えるな」
 思わず、小さくひとりごつ。ほんの少し高いところに立っただけで、小さな村は驚くほどよく見渡せた。目に否応なく村の景色が飛び込んでくる。
(こんなに小さな村だったのか)
 一瞬、今の状況を忘れ、彼は風景に目を奪われた。子供の頃は、この村がとても大きなものだと感じていた。この村が世界のすべてだった。この村に拒まれる事は、世界中から拒まれる事を意味していた。
(こんな村の、こんな人間どもに、俺は……)
 思い出したくもない記憶が、不意に強風と共に蘇る。

 ――あの日。ゼフィオンがおのれの血に目覚めて数日後、母は彼を連れてあの木の下まで行った。
紋章の前には、一人の男が立っていた。黒いマントに身を包み、銀色の髪と瞳をした、痩せた男だった。
「ゼフィオン。もう、お母さんとはお別れよ」
 母はゼフィオンの頭を撫で、言った。
「これからは、新たな人生を歩んでいかなくてはいけないわ。お前は強い子だから、大丈夫よね?」
「……お母さんは、どこかへ行くの?」
「ええ。お母さんは、一緒には行けない。でも、安心して。いつも、お前を見守っているから。ずっと、お前のことを見ているから」
 母は、繰り返し彼の頭を撫でた。手に息子の思い出を染み込ませようとするかのように、何度も、何度も。
「さあ、この人が、今日からお前の面倒を見てくださるのよ」
 母に背を押され、ゼフィオンは男の前に進み出た。男は、薄く微笑んだ。
「誰?」
「お前の父をよく知る者だ」
 男はゼフィオンの手を取った。振り返ると、涙をぼろぼろと流しながら彼を見つめている母がいた――。

 そして。それ以来、彼は母に会っていない。今となっては行方を知る手掛かりすら失ってしまった。
 ゼフィオンは目を細め、眼下に集う村人たちに視線を向けた。
(もしも、お前たちが俺をあんな風に扱わなければ、俺は……)
 平凡極まりない農夫として、過ごしていただろうか。本当の自分に目覚めることもなく。毎日毎日畑を耕し、狩をし、気づけば化粧気のない小言ばかり言う妻と、煩い子供たちに囲まれて、それでも幸せなんだと呑気に笑う人生を送っていただろうか。
(馬鹿な)
 ゼフィオンは小さく笑って首を振った。こんな時に、一体何を考えているのだ。大切な女が必死で剣を振るっているという、この時に。
 なおも侵入しようとしてくる過去を追い払う。現実だけを見据えた。長弓を構え、矢をつがえる。手に馴染んだ弦を指にかける。
「アスレシア!」
 陽炎の中に揺れる黒褐色の髪に向かい、叫んだ。ハッと動きを止めた彼女が、彼を仰ぎ見た。青灰色の瞳が、まっすぐに彼を捕らえる。
「もう少しだけ、こちらに連れて来い!」
 己の過去を断ち切るべく、弦を引く。長弓はぎりぎりと悲鳴をあげた。
 この村の忌まわしい記憶と眼前の炎が重なり、一つの標的と化した。
(お前たちを助けるのではない。アスレシアのためだ。サニト・ベイの命を絶つために、俺は、この化け物を殺す)
 彼が弓を構えるのを見届けて、アスレシアはがむしゃらに突きかかっていくのを控え、見せかけだけの大振りな攻撃を仕掛け始めた。そして、少しずつ少しずつ小屋の方へと下がってくる。炎は素直に彼女の攻撃に反応して、じりじりと後を追ってきた。
「すまない。あんなことを、言うつもりじゃ……」
 荒い呼吸の合間から、切れ切れに彼女の叫びが聞こえた。
 こんなときに。ゼフィオンは苦笑を洩らす。
 すぐ近くに陽炎が立ち上る。笑いを収めたゼフィオンは、鏃をピタリと炎に定めた。大きく息を吸い、神経を集中させる。
 屈んだアスレシアの頭上を越え、壁に炎の一撃が炸裂した。小屋が大きく揺れ、瓦礫が宙に舞った。だが、それでもゼフィオンの狙いは揺らがない。
 足元に散乱したレンガでアスレシアが大きく姿勢を崩した。そのまま転がるように彼女は身を引く。追い討ちをかけようとした炎は、その時になってようやくゼフィオンの存在に気づいたようだ。不意に動きを止めた。標的をどちらにするか戸惑ったように燃え上がった後、二人に向かって同時に炎の腕を伸ばしてきた。
「失せろ!」
 激しい気合を乗せて、ゼフィオンは矢を放った。矢は立ち上る塵芥の合間を縫って、見事に炎の中心部に突き立つ。そして、そのまま紅蓮の巨体を貫通し、深々と地面に突き立った。
 ぼう……と炎が大きく揺らぐ。それは、先程までのしっかりとした動きではない。明らかに衝撃によるものだった。ゼフィオンに向かっていた炎は、本体が揺れたはずみで大きく方向を逸らし、まったく別の場所を破壊して消え去った。
 続けざまに放たれた矢が、一本も外れることなく中心を的確に貫いていく。
 化け物が咆哮を上げるように、瞬間的に大きく燃え上がる。ゼフィオンは歯を喰いしばって熱気に耐え、更に矢を放とうとした。刹那。
 白金の幻が高らかな嗤い声を上げたかと思うと、炎は凄まじい黒煙を吹いた。
『まあ、上出来かな』
心の中に響いた声を、聞き間違えるはずもない。
「サニト!!」
 アスレシアが叫んだ。だが、炎はまるでそれが合図であったように、ふつりと姿を消した。僅差で魔力の剣が捕らえたのは、嘲笑の残滓のみ。
 少年の意思が封じ込められていたものか、薄い石版が粉々に砕け、砂のように風に攫われてゆくのが見えた。
 ――後方で歓声が上がった。
 村人たちが口々に喚きながら、子供たちの元へと駆け出した。
 ゼフィオンは、長弓を構えたまま、ぼんやりとその様子を眺めた。泣きじゃくる子供とそれを抱きしめる親。
 あの日の自分と母も、こうだったのだろうか。村の向こう側に広がる森に目を転じる。
 目覚めてしまった血。そして居場所を失った母と自分。
 あの日の苦い血の味が広がる。
 風が、黒髪をなぶっていった。

 翌朝。村人全員に見送られて、二人は村の入り口にいた。
 あの若い男が前に進み出て、二人の手をしっかりと握りしめる。
「ありがとう。村を代表して礼を言わせて貰うよ」
 男はアスレシアに微笑みかける。それから、ふとゼフィオンに向き直って真顔になった。
「本当に、すまなかった。アスレシア、それから……ゼフィオン」
 名を呼ばれ、ゼフィオンは身体を強張らせた。目を見開き、男を見つめる。
「カーヴィルなんて言ってたけど……。お前、あのゼフィオンだよな?」
 激しく動揺するゼフィオンを見て、男は、困ったように笑みを浮かべた。
「何人か気づいた奴がいたんだ。でも、誰も言い出せなかった。……偶然なのかもしれないけど、まさか、お前が俺たちを助けてくれるとは思わなかったよ」
「………」
「なあ、ゼフィオン。お前は、今でもこの村のことを……」
「言うな」
 強く、押し殺した声でゼフィオンは言った。言葉を呑む男に、小さく首を振る。
「もう……俺を苦しめないでくれ。これ以上、俺は……」
 言えたのは、そこまでだった。ほんの一瞬村人たちに目を走らせると、彼は踵を返して歩き出した。
 後を追おうと足を踏み出した男を、アスレシアの手が静かに遮った。

 紋章の木の下で、ゼフィオンは足を止めた。村人の姿はとうに見えなくなっている。
 幹に刻まれた過去を前に立ち尽くす。その右腕に、ふと何かが絡むのを感じた。見下ろせば、青灰色の瞳。
「アスレシア……」
「お前だけじゃないから、な」
 そう囁いて彼女は唇を噛んだ。
 ささくれ立っていたゼフィオンの心が、わずかに和ぐ。同時に、メイエンガムでガスを見送っていたアスレシアの白い横顔が思い浮かんだ。きっと、自分はあの時の彼女と同じ顔をしているのだろう。逃れる術もなく過去と向き合い、そして二度と故郷に戻れぬ事を突きつけられた彼女と。
(黄昏人に、故郷を持つ事は許されないのかもしれないな)
 ゼフィオンは胸中でつぶやいた。人間と魔族。二つの血を持ち、二つの心を知る自分たちは、狭間に漂うことしかできない存在なのだ。昼の光も夜の闇も手に入れられず。
 だが、それでも――。
 ゼフィオンは、アスレシアの手を絡めたまま腕を上げると、彼女の黒褐色の髪をくしゃりとかき乱した。
 かすかに笑みを浮かべ、歩き出す。
遠ざかってゆく二人を、朽ち果てた小屋が見送っていた。
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