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2014.12.06(Sat):黄昏人
第十章 三話
【More...】

 想像していたよりも、雪は少なかった。頭の中に描いていたのは、大量の雪に埋もれた純白の島だったのだが。
「これが、永久凍土の島なのか?」
 疑問は、自然と口から漏れ出でた。二人が岸に降り立ったのを確認して帰り支度を始めていた船頭が、手を止める。
「雪はルーベイヌと同じくらいさ。けど、大地は底の底まで凍りついてる。だから、人が住めねえ」
「そういうものか……」
 力を入れて、雪の少ない部分を爪先で叩いてみた。地面は石のように硬い。
「帰りはどうするんだ? よければ迎えに来てやるぜ」
「いや……」
 二人は、少し顔を見合わせると、親切な船頭に笑顔で答えた。
「必要ない。――どちらにしても」
 アスレシアの最後の一言に首を捻った船頭であったが、特別追求もせず、「そうか」とだけ言って、再び帰り支度に取りかかる。こんな島へ来るために、大金を払うような客なのだ。深く関わるべきではないと心得ているのだろう。
 船が岸を離れてゆくのを見届け、アスレシアとゼフィオンは歩き出した。
 道標はおろか道すらもない。あるのは、あまりにも殺風景な氷雪の大地のみ。ところどころに草の名残らしきものが弱々しく風に吹き晒されているほかは、何も見えぬ。
 頬が痛い。
 凍りついた風は、この不吉な闖入者を切り刻もうとするかのように、荒れる。
 しかし、二人は迷うことなく歩いていった。アスレシアの心が、向かうべき場所を教えてくれるのだ。それは、彼女に宿った〈探索〉の魔力に他ならない。人にも純粋なる魔にも持ちえぬ、黄昏の生を持つ者特有の力だ。
(サニト・ベイ)
 大気を睨み据え、アスレシアは呼んだ。風に巻き上げられた雪が、キラキラと輝く。この半年、片時も頭から離れる事のなかった名。十三の時から常に傍らにあった名。
(もう少しだ。もう少しで、お前と私は……)
 氷を含んだ風が、ひときわ強く吹きつける。
「なあ、ゼフィオン」
 マントをかき寄せ、彼女はつぶやいた。すぐ横を歩く長身の姿を控えめに見上げると、いつもと何ひとつ変わらぬ穏やかな微笑があった。
「どうした?」
「もしも……」
 ふと、顔を逸らす。
「もしも、私が死んだら。お前は……泣いてくれる、か?」
「………」
「弱気になっているわけじゃない。やつを斬る事に迷いはない。でも」
 アスレシアは躊躇いがちに言葉を切り、唇を湿らせた。風がほんのわずかの水分すら凍らせ、痛みに眉をしかめる。
「クルーデン・ヒルでネイヴァが大怪我を負った時、初めて私は自分の死を意識した。サニト・ベイの魔力は、もう私が相手にできないほど大きくなっていると思い知らされた……。あいつの命を死神の元に送り届けるには、自分の命と引き換えにしなければならないかもしれない。もしも、そうなったら……お前は、私の死を悲しんでくれるだろうか?」
 ゼフィオンは、しばし彼女の横顔を見つめた後、静かに一言だけ答えた。
「それは、できないな」
「なぜ……」
 てっきり肯定の返事がかえってくるものと思っていたアスレシアは、思わず歩調を緩めた。目を見開いた彼女を、ゼフィオンは悲哀のこもった目で見つめた。
「お前が死ぬ時、俺はすでに死んでいるだろう。やつにとどめを刺すのは、お前しかいないんだから。最後に残るとすれば、お前とやつだ。俺が残る事は、あり得ない」
「それは……」
「今は、前だけ見ていろ。余計な事は考えるな」
 アスレシアは、額に手を当てて溜息をついた。
 不安というなの刃で心に小さく穿たれた穴。今まで必死で保ち続けていた意思と感情は、そこから止めようもなく流れ出て、おそろしく脆弱なものになっていく気がする。
「弱気になっているわけじゃない」
 アスレシアは繰り返した。小さく肯いたゼフィオンは、少々乱暴に彼女の頭を抱き寄せ、囁いた。
「早いところ、奴の元に行ってしまった方が吹っ切れるんだろう。俺も同じだ。こういう時が、一番、余計な事を考える」
「――そう。そして、一番、隙ができるんだよ」
 不意に。
不気味なほどに澄んだ声が、凍てついた空気の中に響いた。一瞬身を強張らせた二人であったが、すぐさまマントを翻して身構えた。アスレシアは、すっかり手に馴染んだ魔力の剣を抜き放ち、ゼフィオンは、矢を長弓につがえて弦を引き絞る。
空気を震わせ、声は不快極まりない嘲笑を発した。
「邪魔をして申し訳ないけれどね。あまりに遅くて待ちくたびれてしまったから、こちらから迎えに来てあげたよ」
 前方のやや小高い場所に、複数の影がうごめいた。アスレシアは、目を細めてその正体を見極めようとする。
「化け物を連れての出迎えか。それとも……」
「彼らは、化け物じゃない。お前たちと比べたら、よほど純粋なこの世界の〈人〉だよ」
 のそりと立ち上がった灰色の影は全部で七つ。その姿に、アスレシアもゼフィオンも思わず息を呑む。
 それは、巨大な生物だった。全身は灰白色の毛で覆われ、人と同じく二本足で直立している。一見すれば、厚い外套を羽織った大男のようだ。だが、それは衣服などではない。頭の先から爪先まで覆っているのは、紛れもなく体毛だった。
「雪人(イエティ)……」
 書物でしか見たことのない幻の生物の登場に、突きつけていた緊張が削がれてしまう。
 雪人たちは、緩慢な動作で二人に向かって歩いてきた。しかし、なぜかその身体から殺気はまったく感じられない。アスレシアは戸惑った。表情を読み取ろうにも、深い体毛に覆われた顔は、わずかに目と口が判別できるのみである。
「どうする? サニト・ベイに操られている事は確かだが……戦っていいのか?」
 ゼフィオンが小声で問うた。彼も弓を下ろすべきかどうか相当迷っているらしく、構えた腕が揺らいでいた。雪人たちは、何の反応を示すわけでもなく、一定の歩調で近づいてくる。どうするべきか決めかねている間に、距離はどんどん縮まった。
「それとも、かわして先に進むか」
「できるなら、それが一番良い方法だろうけれど」
 ゼフィオンの問いに答えつつ、雪人との距離を測る。相手の動きは、非常に鈍そうだ。上手くすれば、剣を使うことなく先に行ける。
 七体の雪人たちは、ほぼ並行に並んでいる。飛び込むには十分な隙間はあった。
「では、同時に突破しよう」
 ゼフィオンの言葉に、アスレシアは肯く。二人はタイミングを計り、雪人たちがさらに近づくのを待った。風に靡く体毛や口から覗く黄ばんだ小振りの牙が、はっきりと識別できるまでの距離になる。醜悪というわけではないが、やはり気持ちの良いものではない。亜人種とはいっても、エルフやドワーフなどのように人間以上の知識と文化を持つ者たちとは異なり、限りなく化け物に近い存在だ。
「一」
 ゼフィオンが小声で呟く。アスレシアは剣を逆手に持ち替え、眼前で腕を交差させた。
「二」
 ゼフィオンが、長弓をしっかりと抱え込む。二人は、雪人たちの薄汚れた身体の向こう側に視点を据え、膝に力を込めた。
 雪人の一人が奇声を上げて両腕を振り上げた。拍子に、空間がほんの少しだけ広がりを見せた。その機を逃さず。
「行け!」
 ゼフィオンの声に力一杯大地を蹴り、飛び出す。ぐっと前傾姿勢を取り、身体を白い体毛の間に捻じ込んだ。
 異臭に眉をしかめ、アスレシアは雪人の壁を突破した――と思った。しかし。
「……っ!」
 完全に抜けたと思い込んで気を許した刹那、激しい衝撃にがくりと首が大きく仰け反った。全力で前に進もうとしていたことが仇となり、とっさに対処できず、そのまま雪の上に倒れこんでしまう。
 あの緩慢な動作から想像もつかぬ俊敏さで、雪人はアスレシアの長い髪を捉えていたのだ。雪の上を引きずられて、彼女は強引に後方へと戻された。
「アスレシア!」
 ゼフィオンの方は、上手く突破したようだ。白い壁の外側から、声が聞こえた。アスレシアは、剣を硬く握りなおすと、髪を握りしめる太い腕に向かって鋭く振り上げた。ざくり、と手応えを感じ、鮮血が散る。力が緩んだ手から、身体を沈めて逃れ出た。
「ふふふ。そうでなくては、面白くないよね。雪人たちを怒らせて、どうやって切り抜けるのかな。たっぷりと見物させてもらうよ」
 サニト・ベイの声が風に乗って流れてきた。姿は、まだ見せぬ。雪人たちに魔石を埋め込んでいる様子もないので、また別の媒体を潜ませ、そこから見ているのだろう。
「最後の最後まで、丁寧なもてなしだな!」
 怒りに任せて吠える。彼女の心を代弁するかのように、風が耳元で唸りを上げた。
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