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2014.12.06(Sat):黄昏人
第十章 四話
【More...】

 腕を切り裂かれた雪人は、完全に逆上していた。
 恐らくは彼らの言葉であろう。まったく理解できぬ獣の遠吠えに似た声で喚き、両腕を振り回し始めた。他の雪人たちも、それに感化されたように荒れ狂ってゆく。
 丸太のごとき腕が何本も乱れ飛ぶ。攻撃を受けたが最後、骨の一本や二本は折れてしまうだろう。頭などに当たれば、即座に死んでしまうに違いない。
 円陣を組む形で一斉に振り下ろされてきた攻撃をかいくぐり、アスレシアは地を這った。剣を持ち直す暇もない。悪態をつきながら、凍った地面の上を転がって逃げるだけで精一杯だ。
「うぐおぉぉっ」
 一体の雪人が咆哮をあげた。攻撃の合図かと思い、身体を跳ね上げる。だが、目の前の雪人は、両手を空に振り上げた形で身体を強張らせていた。幾度か虚空をかきむしる動作を見せた後、どうと地面に倒れこむ。
「アスレシア! 大丈夫か!」
 痙攣する背に深々と矢が突き立っていた。アスレシアは考えるより先に地に伏した灰白色の身体を踏み越え、ぽかりとできた空間に飛び込んだ。
「……っ!」
 逃すまいと伸びてきた長い爪のひとつが、彼女の左腕を捕らえる。裂かれた衣服の隙間から凄まじい冷気が侵入してくるのを感じ、眉をしかめた。傷よりも寒さのほうが痛手となりそうだ。彼女は、態勢を立て直すと手早くマントの裾を裂き、左腕に巻きつけた。
「驚いたな。見かけからは想像できない俊敏さだ」
 傍らに駆けて来たゼフィオンが、忌々しげに吐き捨てた。先程、近づいてきた時の緩慢な動きは、演技だったのだろうか。だとすれば、想像以上に知能があると言わねばなるまい。
「全部倒すしかなさそうだな」
「すまない。私が、彼らを怒らせてしまった」
 アスレシアは油断なく雪人たちの動きに目を配りながら、何とか逃げる事ができないかと頭を働かせた。サニト・ベイと対峙するまで、黄昏人に治せぬような傷を負う事は避けたかった。それに、この貴重な古代の生物を、こんな理由で殺したくはない。
 しかし、そんな彼女の耳元で長弓が容赦なく軋んだ。
「いつものお前らしくない。迷うな」
 ゼフィオンの有無を言わせぬ口調が落ちてくる。同時に、鋭い音が凍てついた空気を裂いた。放たれた漆黒の矢は、彼らの方に向き直ろうとしていた一体の雪人の右目を見事に貫いた。氷雪の亜人は耳を塞ぎたくなる咆哮を上げ、仰け反って倒れこんだ。
まだ刃を交えずに済む方法を探ろうとする考えをすっぱりと断ち切られ、アスレシアはきつく唇を噛んだ。
(……そうだ。ここは戦場だ)
自分に言い聞かせると、剣を構えなおした。
襲いかかってきた一体の手をかいくぐる。懐に飛び込むや否や、間髪入れずに下方から剣を一閃させた。腹から胸にかけて斬り上げると、血飛沫を散らす傷口に、力一杯柄頭を叩き込む。絶叫してくず折れる雪人を尻目に、身を翻して別の一体へと飛びかかった。
一番初めに腕を切り裂いた雪人だ。腹に向かって繰り出されてきた巨大な足を身軽にかわし、アスレシアは空いた手を伸ばして雪人の足をすくい上げる。そして、抗う間もなく尻餅をついた雪人の脛を叩き斬った。白い毛に覆われた片足が、弧を描いて宙に舞う。
ゼフィオンも負けてはいなかった。一体の雪人の胴を見事に射抜くと、間合いを詰められた一体には素早く剣を抜いて斬りかかった。またたく間に二体を地に倒す。
(残り一体)
 心の中でつぶやく。もう大丈夫だ、という思いがちらりと脳をよぎった。直後。
 脇腹から背にかけて熱いものが走り、アスレシアは身を折った。
 わずかにできた油断を、雪人にとらえられたのだ。片足を飛ばされた雪人が精一杯手を伸ばし、鋭い爪で厚い防寒着もろとも彼女の皮膚を裂いていた。
「う……っ……」
 次の一手をからくも剣で払う。だが、脇腹に走った激痛に力が緩み、剣はするりと彼女の手から離れて雪の上を滑った。
(しまっ……)
「アスレシア! 後ろだ!」
 ゼフィオンの鋭い声にハッと振り返った。最後の一体が、好機とばかりに背後から彼女に忍び寄っていた。とっさにマントを翻し、雪人の顔に叩きつける。
相手の動きがわずかに緩んだ隙をついて、歯を喰いしばって地を蹴った。剣に飛びつくと、振り向きざま覆いかぶさってくる影に一撃の突きを見舞う。がつんという大きな手応えを伴い、刃は白い巨躯に深々と呑み込まれた。
傍らで、再び彼女に向かって腕を伸ばそうとしていた片足の雪人が、ゼフィオンの矢を額に受けて倒れる。
二体の雪人は最後の力を振り絞ってもがいていたが、やがて、命乞いとも取れる哀しげな唸り声を上げて絶命した。

二人は揃って深く嘆息した。異様な緊張が舞い戻ってくる。
「サニト!」
 アスレシアは憤怒の形相で、吠えた。雪人の身体から剣を引き抜き、血の滴る脇腹を押さえ歩き出す。痛みはすでに引き始めていた。ほどなく傷は塞がるだろう。
「貴様の望みどおり、切り抜けてやったぞ!」
くすくすくす……。風に乗って、少年の嗤いが届いた。ぎりりと奥歯を噛みしめる。
 少年の命ひとつを手にするために、自分は、いったいどれだけの命を奪うのか。
 雪人たちの足跡を逆に辿り、小高い丘を登りきる。さっと視界が大きく開き、白い大地が前方遥かに広がった。
 アスレシアとゼフィオンは、足を止めた。目の前に広がる下り坂の途中に、またしても白く大きな身体を認めたのだ。
「………」
 ゆったりとした動作で立ち上がる。だが、それは白き毛並みを持ってはいたが、雪人ではなかった。氷雪の亜人よりもさらに白銀に輝く毛並みを持つ、巨大な――狼。
「いい顔しているね。二人とも」
 獣が笑う、というのは、これほど不快なものか。あのクルーデン・ヒルで、彼に操られた仔猫を見ていたが、それとは比べものにならぬ凶悪さを放ち、白銀の獣王は嗤った。
 強風が吹き抜ける。その拍子に美しい毛並みが乱れ、不気味に輝く真紅の石が額から顔を覗かせた。
「さあ。この伝説の獣が、僕の用意した最後のおもてなしだ。……ただし、もてなすのは一人だけれど」
 滑らかに紡がれる悪魔の言葉に、二人は面を強張らせた。
「どういうことだ」
「いちいち説明しなくてはいけないのかい?」
「………」
 魔石を通して、サニト・ベイの視線が痛いほど伝わってくる。瞬きも忘れるほどにアスレシアは真紅の輝きを睨みつけた。この獣の言っている事が、分からぬわけではない。だが、答えるべき言葉を見つけられなかったのだ。
 睨みあう。
 いつの間にか太陽は再び影を潜め、雪が舞い始めた。突風に抗いきれず、アスレシアがわずかに瞳を伏せた、その時。
 がらり、とゼフィオンが弓を投げた。驚いて顔を上げた彼女と目が合うと、彼は穏やかに微笑んだ。その表情を見た瞬間、アスレシアの背筋がすうっと寒くなった。
「何を……するんだ。ゼフィオン」
 だが、彼は肩をすくめただけで、何も答えなかった。お前も分かっているのだろう、と漆黒の瞳は語る。
「冗談じゃない。私も一緒に、こいつを……」
「アスレシア」
 笑みを深め、彼は前方へと目を転じた。そして、静かに一言。
「先に行け」
「な……」
「あの眼を見てみろ。恐らく、死んでも俺に喰らいついてくるだろう。……あんな奴を、サニト・ベイの元まで連れて行く訳にはいかない。だからと言って、あいつを倒そうと思えば、また体力を奪われる。お前は、これ以上余計な体力を使うな」
「でも!」
「駄目だ。お前が行かなければ、すべては終わらない」
 それ以上時間は与えられなかった。ザァ、と一陣の風が吹き乱れる。思わず目を瞑った彼女が再び顔を上げた時には、漆黒の巨狼が悠然と雪を踏みしめて立っていた。
「ゼフィオン……!」
 ぐぅ、と喉を鳴らし、黒狼は目を細めた。アスレシアは血が滲むほどに唇を噛みしめる。
――どうして、分からぬ振りなどできようか。「行け」と言っている。「今すぐに行け」と。
 震える手を差し伸べた。柔らかな毛に包まれたその首をかき抱いた彼女は、首筋に顔を埋め、血を吐くような叫びを上げた。
「必ず……。必ず、後で来い! 約束だ!」
「ウオオォォゥ」
 白と黒。二頭の巨狼が同時に吠える。
 アスレシアは、身を翻した。
己の心の導かれるままに走り出す。魂を揺さぶる、あの嗤い。半年間、自分を呼び続けたあの少年の顔を、涙の中に睨み据えて。
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