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2014.12.06(Sat):黄昏人
第八章 一話
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 アスレシアは目覚めた。
 安っぽい宿屋の風景が目に入ってくる。
(もう、朝か……)
 寝返りを打ち、それからふと思いついたように手を伸ばした。傍らの黒髪をかき上げる。端正な顔立ちの男はよく眠っており、まったく反応を見せる様子はない。
 十数日の旅を経て、二人は西イフェリア大公国の北部にある王国ジラルスに入り、アデムという名の小村で宿をとっていた。
 しなやかな筋肉をまとった男の肩に軽く唇を滑らせてから、するりとベッドを抜け出すと手早く衣服を着けた。カーテンを細く開けて外の様子を確認する。冬らしいどんよりと重く垂れ込めた雲が空を覆っていた。今にも雨が降りそうだ。
 荷物の整理をしようとベッドの傍らに歩み寄った。荷物に手をかけたとたん、シーツの中から手が伸びてきて彼女の腕にかかる。
「もう起きたのか……」
 眠そうな声でゼフィオンがつぶやいた。眼は瞑ったままだ。アスレシアは微笑むと、「まだ早い」とだけ告げた。
「……腹が減った。朝飯は、もう食えるのかな」
「どうだろうな。聞いてこよう」
「いや……。俺も起きる」
 ゼフィオンは目一杯身体を伸ばすと、ベッドから出て服を着た。寝乱れた髪を手で簡単に整える。
「顔も洗いたいな」
 二人は部屋を出て階下へと下りて行った。洗面所に立ち寄って身支度を整えてから、食堂を覗く。さびれた村の宿屋なので、宿泊客は彼女たちの他に数えるほどしかいない。まだ誰もいないだろうと思って覗いたのだが。
「………」
 案に反して食堂には人がいた。複数の男たち。皆、鈍色(にびいろ)の甲冑に身を包み、長槍を手にしている。
(兵士……? 正規の軍隊のようだが、あの紋章はジラルスのものじゃない)
 アスレシアは眉をひそめ、入り口の陰に身を引いた。将校らしき一人が、宿の主と真剣に話しこんでいる。
「朝から物々しいな。何者だ?」
 耳元でゼフィオンが言った。アスレシアは、しばし考えた後に結論を出す。
「……リニークの兵士だ」
「リニーク?」
「ああ」
 アスレシアは、ジラルスの内情を思い出しながら説明をした。
「元々この国は、リニークとジラルスという二つの国に分かれていたんだ。十年ほど前にジラルスがリニークを攻め滅ぼしたんだが、ずっと争い続けてきたリニークの民が従うはずもない。リニークの残党は、今でもあちこちでジラルスに戦いを仕掛けているらしい。独立運動と称して……」
「なるほど」
 ゼフィオンは肯いて顎に手を当てた。剃り残した髭が気になるらしく、同じ部分を何度も指でなぞりつつ、つぶやく。
「つまり俺たちは、内戦の真っ只中に踏み込んでしまったというわけか」
「そういうことだ」
 アスレシアは、入り口の陰から兵士たちの様子をじっくりと観察した。宿の主と話している男が隊長らしい。くるぶしに届きそうな長いマントを身につけ、大きな房飾りのついた兜を脇に抱えていた。年齢は四十代前半だろう。品のある面立ちをした痩身の男だ。
 男は緊迫した様子で話しこんでいたが、アスレシアたちの視線に気づいたのか、不意に顔を上げた。
「誰だ」
 敵意をむき出しにした声が飛ぶ。下手に逃げ隠れして男を刺激する必要もないので、アスレシアはおとなしく食堂へと足を踏み入れた。
「昨日から泊まっていらっしゃるお客様です」
 宿の主が言う。だが、男は警戒を解く様子はなく、鋭く目を細めて二人の様子を観察した。
「話を聞いたのか」
 詰問する口調にアスレシアは少しばかりムッとしたが、面には出さずにおいた。そして、小さく肩をすくめる。
「そんな大声でなかった事は、自分でわかっているだろう。私たちは、朝食を取りたくて下りて来ただけだ」
「ほう……。それは、運が悪かったな」
 男は、脇に控えていた兵士に、何やら眼で合図を送った。すかさず兵士は宿を飛び出して行く。それを見届けてから、男は再び口を開いた。
「もうすぐジラルスの軍隊が攻めてくる。悪いが朝食を取っている暇などないのだよ」
「………」
「申し訳ございません、お客様。いま少しお部屋の方でお待ちいただけますか」
 宿の主に深々と頭を下げられ、アスレシアは肯いた。ゼフィオンが不満気な視線を送ってよこしたが、わずかに首を横に振って押しとどめる。
「どうせ、俺たちは閉じ込められるのだろう。せいぜい頑張って宿を守ってくれ」
 面白くもなさそうに言うゼフィオンに、男は露骨に嫌な顔をした。
これ以上波風を立てるのも面倒だ。アスレシアはゼフィオンを促し、食堂を後にした。

 宿泊客たちは、簡単に事情を説明された後、「できる限りここは守る」という何とも頼りない言葉を添えられて、客室に全員まとめて閉じ込められた。総勢八人の運の悪い旅人たちは、皆、不安と怒りの入り混じった面持ちで座り込んでいた。
 アスレシアは、そっと顔ぶれを見回す。行商人が二人と旅の傭兵が一人。それに幼い娘を連れた親子三人。剣が使えるのは、自分たちと傭兵だけだろう。商人たちも護身用の短剣を下げてはいるが、腕の方はお世辞にも立つとは言えそうにない。親子連れの方はといえば、父親も母親もいかにも華奢な体つきで、剣など持ったことすらないようだ。
(守れるか……?)
 頭の中で、様々な状況を描いてみる。リニークの兵士がどれ程控えているのか、見当もつかない。しかし、あまり当てにしないほうが良いだろう。やはり自分の身は自分で守るのが基本である。
 部屋は裏手になるので、カーテンの隙間から外を覗いても兵士の数は少なかった。
「あの隊長の力量を見せてもらうか……」
 無能ではなさそうだ。だが、有能かどうかは分からない。微妙なところだとアスレシアは思った。
 村の裏手に広がる畑、その後方には森。じっと目を凝らす。――と。
 森の中で何かが動いた。
 ――銀色の光。
(剣!?)
 曇天ではあっても、暗い森の中で金属の放つ反射光は鋭い。間違いなく鋼の冷たい光だ。
「来た」
 アスレシアのつぶやきに、ゼフィオンと傭兵がすぐさま反応した。彼女の傍らから外を見る。
「馬鹿が。気づいてねえのか」
 傭兵が毒づく。裏手を固めるリニークの兵士たちは、まったく気づいていないようだった。攻撃は表の正面からと決めつけてでもいるのだろうか。
「このままでは、落ちるな」
 ゼフィオンの言葉に、アスレシアはため息で返答した。指揮官がどれだけ有能でも、兵士がこれでは、勝てる確率は大幅に下がる。
 ゆるやかに黒い影が木々の間を横切った。
「おい……」
 アスレシアは傭兵を呼ぼうとして、まだ互いに名乗ってすらいないことに気づいた。傭兵は、にやりと汚い歯を見せる。
「俺は、サウスだ」
「アスレシアとゼフィオンだ。……サウス、腕に自信は?」
「なかったら、とっくに逃げ出してるさ」
 少々過剰気味だが、ないよりはいい。アスレシアの意図を素早く悟ったゼフィオンが、肯くと長弓を手に取り扉へと向かった。
「降りるのか」
「ああ。少しでも下で仕留めた方がいいだろう。ここはお前に任せる」
「そうだな。ここに篭ったら、こいつらまで巻き込んじまう」
サウスに指を差され、商人が小さく悲鳴を上げた。
 アスレシアは怯える商人たちに一瞥をくれると、踵を返す。ゼフィオンの後を追って足音荒く階下へと下りていった。
 食堂には、隊長と数人の兵士が軍議を行っていた。こちらも、まだ何も気づいてはいないようだ。二人の姿を見ると、隊長が驚いた様子で立ち上がった。
「何をしている。勝手に部屋を出るなと……」
「呑気だな。裏手から現れたぞ」
「なに!?」
 強張った顔で剣を抜くと、すぐさま顔色を変えて飛び出していく。
 それを見送りながら、アスレシアもまた、ゆっくりと剣を抜き放った。
 彼女の登場を待ちわびていたかのように、喚声と剣戟の音が流れ込んできた。
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