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2014.12.06(Sat):黄昏人
第八章 二話
【More...】

「俺は表に行こう」
 ゼフィオンは言い置いて、表玄関から出て行った。アスレシアは裏口に回り外へと向かう。扉を開けると、畑の中ほどで繰り広げられている乱戦が眼に飛び込んできた。
 すぐにでも戦闘に加わろうと、勇んで駆け出したアスレシアであったが、数歩行ったところで足が止まった。
(あれは……)
 目を凝らし、何度も瞬きをする。
 怒号に包まれた集団の中に、明らかに異質なものが混じっているのを認めたのだ。
「まさか」
 驚きがつぶやきとなって洩れた。鎧をまとい戦斧を振るう姿。それは一見すると人間のものだ。しかし、鎧の下から覗く身体は緑色の硬い鱗に覆われ、剥き出しの長い頭部には二本の角が生えている。さらに、尻には太くて長い尻尾がゆれていた。
「竜人(ドラゴニアン)?」
 アスレシアは己の知っている知識を総動員して確かめた。竜人を始め人魚(マーメイド)、有翼人(バードマン)、エルフなどの亜人種は、はるか昔この世界に実在していたという。しかし、彼らは少しずつ人間に追いやられ、その数を減らしていった。長い年月を経てそれらのほとんどは滅び去ってしまい、今では天蓋山脈の麓に広がる古代の森の奥深くにエルフとドワーフたち、北限の島バジャに雪人(イエティ)たちが、わずかばかり棲むだけだという。
 なぜ、滅んだはずの太古の種族が、こんな所で甲冑を身にまとい戦っているのか。あまりにも不自然だ。
 アスレシアの驚きは疑いとなる。
 こんな所に竜人がいるなど、あり得ない。ならば、これは太古の種族などではない。
 では、何だ?
 竜人は、全部で三匹。どれも手馴れた様子で戦斧を操っている。
 アスレシアは剣を握りなおすと、地を蹴った。一番手前にいた竜人に、駆け寄りざま斬りかかる。
 ガツッ。
 火花を散らし、魔力の剣と戦斧がぶつかり合う。
「グォォ」
 竜人の血走った眼がアスレシアを捉えた。それを真正面から受けた瞬間。
(サニト・ベイ!!)
 金色の嘲笑が全身を駆け抜けた。
 動揺はしない。ある程度予想はしていた。だからわざと刃を合わせたのだ。あの嗤いを感じるかどうか、確かめるために。
 竜人はアスレシアの剣を押し返すと、吠えながら戦斧を狂ったように振り回してきた。
(元は、人間か? しかし……)
 その血走った眼を見て、すでに人の心が失われている事を悟る。捕らえて事情を聞く事はできそうにない。アスレシアは舌打ちをすると、振り下ろされてきた戦斧の間を縫って、ひらりと竜人の懐に飛び込んだ。そして、一片の躊躇もなく太い首に剣を叩き込んだ。
 深々と食い込ませた剣を水平に薙ぎ払うと、巨大な頭はボールのように高々と舞い上がり、畑の中へと落下した。赤い血肉にまみれた緑色の不気味なそれは、さながら割れた西瓜のように転がる。
「女! なかなかやるではないか」
 後方からの声に振り返った。あの隊長らしき男が、不敵な笑みで彼女を見ていた。
「そいつの首を一刀で刎ねるとは、たいしたものだ」
「――こいつと戦うのは、初めてじゃないのか」
「ああ。もう幾度も見ている」
 男は近寄ってくると、胴だけになった竜人の屍に唾を吐きかけた。
「どんな手を使ったのか知らんが、ジラルスの手勢に、ごく最近紛れ始めたのだ」
「……とにかく、残りを何とかしないと」
 アスレシアはぐるりと周囲の状況を見た。思ったとおり、リニークは完全に押されている。ジラルス兵というよりは、竜人に押されていると言った方が良いだろう。残った二匹の竜人は、敵味方無く周囲の兵士たちを手当たり次第に屠っている。
「一匹、頼めるか」
 男は刀身にこびりついた血を払いながら言った。
「私は奥の奴を殺る。お前には手前を任せたい」
「分かった」
 アスレシアは短く答えた。竜人は、すでに周囲の人間をほとんど殺し尽くし、新たな獲物を探し始めていた。
 男がマントを翻し、竜人へと駆け寄っていく。アスレシアも後れを取るなとばかりに手前にいる竜人の元へと走った。
「ぐあぁ」
 竜人は、無謀な人間がまた一人来たとでも思ったのだろう。鱗に包まれた長い顔に、笑顔のような奇妙な表情を浮かべた。近寄るや否や、待ちかねたように血まみれの巨大な戦斧が唸りを上げ、縦横に襲いかかる。アスレシアは、身軽にそれらの攻撃をかわすと、すかさず竜人の背後に回りこんだ。
(先程の奴よりも鈍い)
 先に首を刎ねた竜人よりも一回り身体が大きく、動きが鈍かった。だが、その代わりに力は強そうだ。少しでも攻撃を喰らえば、まず間違いなく身体の一部が吹き飛んでしまうと思われた。刃を合わせると腕力で負ける。一撃で仕留めなければならない相手だ。
 アスレシアは、後方から竜人の首根に狙いを定めた。竜人は戦斧を止めることなく体勢を変えようとしたが、彼女の剣はそれを許さなかった。力を一点に集中させ、剣を突き出す。ざくり、と鈍い手ごたえが掌に伝わってくる。刃は背後から首の中心部を貫通し、鮮血と肉片を絡め取って、竜人の身体の前方に突き出した。
 喉を貫かれたため声が出せなかったらしい。竜人は、弱々しい呻き声を一つ上げて硬直した。手から戦斧がずるりと落ちる。アスレシアは竜人の血走った目から生気が失われたことを確かめ、剣を引き抜き飛びすさった。
 緑色の巨体が崩れ落ち、視界が開ける。そこには、今まさに竜人にとどめを刺そうとしている男の姿があった。

 半時間ほど後、宿の食堂で、アスレシアとゼフィオンはリニークの騎士たちと向かい合っていた。傭兵サウスも呼ばれたのだが、彼は面倒だと一言で片付け、さっさと部屋にこもってしまったのだ。
 隊長である男はオズワルドと名乗った。姓を名乗らぬところを見ると、リニーク王家の血縁者なのかも知れぬ。彼の他には、まだ年若い騎士が五名、緊張した面持ちで座している。
「正直、助かった。礼を言う」
 オズワルドが頭を下げた。
表に押し寄せたジラルス軍の中にも竜人は三体含まれていたが、こちらはすべてゼフィオンに射殺されていた。また、運よく宿に入り込み二階へと上がったジラルス兵たちは、残らずサウスの手で息の根を止められていた。つまるところ、この戦闘で最も活躍したのは、彼ら三人だったのである。
「礼には及ばない。私たちは、自分の身を守っただけだ」
 アスレシアの返答に、オズワルドは安堵とも見える微笑を洩らした。もしかすると、法外な謝礼でも要求されるかと考えていたのかもしれない。
「竜人どもを始末できたのは収穫だった。やつらの数を少しでも減らせれば有利になるからな……。お前たちがいなければ、できなかった」
 満足そうにオズワルドは言った。だが、アスレシアにとって、そんなものは気休めにもならぬ言葉だ。返事の代わりに眉をひそめると、彼女はおもむろに切り出した。
「その竜人のことなんだが……」
「なんだ?」
 深刻な彼女の表情に、オズワルドは品の良い仕草で首をかしげた。
「実は、私たちに関わりが……ある」
「なに?」
 若い騎士たちの間に、はっきりと動揺が走るのが分かった。
 アスレシアとゼフィオンは目を見交わし、軽く肯き合う。
「……私たちは、ある事情から特殊な力を手に入れた人物を追っている。あの竜人は、どうやらそいつの仕業によるもののようだ」
「ばかな……。あれが、人の力で生み出されたものだと?」
 気を静めようとするかのように、オズワルドはしきりに口髭を撫でた。平静を装おうとはしているが、若い騎士に負けず劣らず動揺しているようだ。目の焦点が定まらない。
「私は、古の竜人族の生き残りだと思っていたのだが」
「……古代の竜人たちは、見た目とは異なり非常に高い知能と穏やかな性格の持ち主であったという。戦そのものを嫌う種族だったようだ。あんな狂戦士(バーサーカー)のごとき竜人など、聞いたことがない。もしも時の変化によって性格が変わったというのなら……今まで一度も人間に目撃されていないというのは、おかしいと思わないか。あれだけ好戦的であるなら、まず間違いなく人を襲うだろうからな」
「ジラルス王の魔術で操られているという可能性は、どうだ」
「そんな強力な魔術師なのか。ジラルス王は?」
 逆にアスレシアは問うた。オズワルドはむうと唸り、腕を組む。
「多少の魔術の心得があるというのは、聞いた事があるが……。魔術師と呼ばれるほどではない……」
「竜人がまだいるというのなら、私たちも黙って見ているわけにはいかない。できれば、あなたの軍に私たちを加えてくれないか」
 アスレシアの言葉に、若い騎士たちが困惑した様子で顔を見合わせた。一人が、敵意のこもった視線を向けつつオズワルドに何やら耳打ちをする。オズワルドは、腕を組んだまま何の反応も示さず、じっとテーブルに視線を落とした。
 重い沈黙を少しでも和らげようと配慮したのか、宿の主が紅茶と焼き菓子を持って部屋に入ってくる。目の前にカップが置かれ、甘い香りが部屋を満たしたところで、ようやくオズワルドは顔を上げた。
「お前のいう事が本当なら、絶対に滅ぼさねばならぬ存在だな。あの竜人は」
「ああ」
 きっぱりと肯くアスレシアを見て、男は口髭を撫でて肯いた。
「よかろう。お前たちの力は、我々にとってもありがたい。共に行動する事を許可しよう」
「オズワルド様!」
 騎士たちは声を揃えた。だが、オズワルドは片手でそれを制し、黙らせた。
「近いうちにこちらから攻める。激しい戦いになるだろう。準備は怠るな」
 言い置いて席を立つ。
 アスレシアは、食堂を出てゆく騎士たちの背を見送りながら口中でひとりごちた。
「……ずいぶんと大仰な仕掛けだな。サニト・ベイ」
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