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2014.12.06(Sat):黄昏人
第八章 三話
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 三日後、リニーク軍は深い森の中を貫く街道を進んでいた。目標は、アデムの村から最も近い場所にあるサイアスという名の砦である。砦そのものは小さく、地理的にもたいして重要な拠点ではない。しかし、竜人どもはすべてこの砦から現れているとの事で、オズワルドは総力を挙げて潰すつもりのようだった。
 途中、村々からの志願兵たちを加え、リニーク軍は総勢千五百余になっていた。
 アスレシアとゼフィオン、サウスの三人は特別に許可を受け、オズワルドの近くで馬を進めていた。当初サウスは参戦を渋っていたが、一人でも多く武将が欲しいと願うオズワルドが、この戦だけで東方(レクセント)金貨五百枚という破格の報酬を提示すると、掌を返して参戦を決めたのだ。
冬の空は、いつにも増して重苦しい。アスレシアは、風にはためくマントをしっかりとかき寄せた。
「サイアス砦には、どれくらいの兵がいるんだ?」
 アスレシアの問いかけに、オズワルドは兜の面頬を上げた。
「およそ、二千。ただし、竜人がどれくらい占めているのかは分からぬ。……まあ、いつも攻めてくる時は一部隊に十体ほど混じっているに過ぎぬのだ。さほど多くもなかろうが」
「………」
 竜人という言葉に彼女の表情は自然と険しくなる。眉根を寄せてオズワルドから顔を背けると、深い溜息をついた。
 自分が諸悪の根源のように思えてしまう。少年の魔力は、他ならぬ自分たちを弄ぶために使われているのだ。死神をからかい、自身の魔力を試し、楽しむ。そんな身勝手なことのために、ケーズの村に続き、またも大勢の人間が被害にあっている。その現実が、あまりにも重い。
(どれだけ無関係な人間を巻き込むつもりだ……)
 もしも、メイエンガムで少年を仕留めていたならば、こんな事態は起こらなかったはずだ。ケーズの村人たちも、命を落とさずに済んだ。アスレシアの中に、自身に対するやり切れない怒りが渦巻く。
あの瞬間、手に入りかけた終焉を掴み取っていたなら。いまさら考えても仕方がないとは分かっているが、どうしてもそこに行き着いてしまう。
 揺らぐ心を抑えかね、アスレシアは今ひとたび深く嘆息した。ひときわ強い風が吹き抜け、手からするりとマントが逃げる。わずかに身体にまとわりついていた温もりを、寒風は一瞬にして奪い去っていった。
「よお。そんな怖い顔すんなよ」
 不意に傍らで声が響く。ハッと我に返ったアスレシアの視界に、無精髭に包まれた顔が入り込んできた。驚いて思わず声を上げた彼女を見て、男は黄ばんだ歯をむきだした。
「そんなに驚くことはねえだろうよ」
「あ、いや……。少し考え事をしていて……」
 アスレシアのうろたえた返事に、サウスは豪快な笑い声を上げた。
「わはは。そんな事は分かってるさあ。ずいぶんと真剣な顔で悩んでたからさ。あんまり眉間に皺寄せてると、治らなくなっちまうぜ」
「………」
 余計なお世話だ、と目で語る。だが、この自信過剰な傭兵にはまったく通じない。にやにやと頬を歪め、口笛まで吹き始める彼を、アスレシアはじろりと上目遣いに睨みつけた。
「……ずいぶんと楽しそうだな。これから戦に向かうとは思えないぞ」
「そりゃあそうさ。何せ東方(レクセント)金貨五百枚だからな。西方(ディカロ)金貨なら五百枚貰った事はあるが、こんな大金は初めてだ。喜ぶのも仕方ねえだろ。それに、傭兵は、戦って聞くと興奮するもんだ」
「あまり誉められたことではないな」
 男の口調につられ、アスレシアは思わず苦笑を洩らす。と、突然肩をぐいと引っ張られた。
「……ゼフィオン」
 不機嫌丸出しの顔で、漆黒の瞳が彼女を見下ろしていた。その顔を見たサウスが、下品な笑い声を立てた。
「おお、怖ぇ。これ以上あんたと喋ったら、殺されちまいそうだ」
 大げさに首をすくめる。そして、ゼフィオンが口を開くより早く、あっという間に前方へ走り去ってしまった。
「緊張感のないやつめ」
 後姿を睨みつけて、ゼフィオンは苦々しく吐き捨てる。アスレシアは肩をすくめた。
「いいじゃないか。ああいうのも、一人ぐらい必要だろう」
「何だ。あいつの肩を持つのか」
「そういうわけじゃない……」
 言いかけてふと言葉を切った。彼女の青灰色の瞳を向けられたゼフィオンは、むすりとした表情で子供のように顔を背けた。
「ゼフィオン。……お前、もしかして」
「必要以上に仲良くすることもあるまい」
 ぶっきらぼうに零すと、馬首を返して後方へと去る。初めて目にした男の嫉妬に苦笑を浮かべ、アスレシアは森の向こう側へと目を向けた。

 両軍が対峙したのは、翌日の昼過ぎだった。
 サイアス砦の正門を見据え、ずらりとリニークの兵士たちが並ぶ。先頭は大盾を構えた重装歩兵。その後方に弓兵、軽装歩兵が控える。騎士たちはその左右両翼を守護する形で陣を組んでいた。
 アスレシアたちは、オズワルドの傍らで陣形が出来上がっていく様子を馬上から眺めていた。志願兵が相当数混じっているにもかかわらず、兵士の動きは機敏である。
 オズワルドは満足そうに目を細めていたが、やがて攻撃態勢がほぼ整ったのを見て取ると、静かに口を開いた。
「さて。準備が整ったところで、お前たちには、今から向かってほしい所がある」
「どこへ?」
サウスが首を傾げる。だが、オズワルドは彼に一瞥をくれただけで、返答はアスレシアに向けてきた。
「砦の西側。地下水路だ」
「……奇襲か」
つぶやくアスレシアに、オズワルドは薄い笑みを見せた。
「兵力は貴重ゆえな。すでに二十名ほどの精鋭が待機している。上手くやれば、戦わずして総大将の元まで行けよう。……やってくれるな?」
 嫌とは言わせぬぞ、と眼で語り締めくくる。三人は、ついと視線を交差させた。互いの意見が一致していることを確かめ合う。
「いいだろう。異存はない」
 アスレシアは肯いた。
「総大将のモーガンは、臆病な上に阿呆な男だ。居城から出る事はあるまい」
 オズワルドはそう言うと、彼らから視線を外し再び砦に目を注いだ。すぐに行けということだろう。アスレシアたちは馬首を返す。手綱を絞ると、森の中へと分け入った。

 剣で草葉を薙ぎ払いながら、馬を駆る。道なき道を行き、時折砦の様子を窺いながら、彼らは砦の西側に出た。
 ジラルス軍は、大半の兵士を南側の正門に向かわせているのか、周囲に人気はない。
 近くを流れる川から引かれた地下水路は予想以上に大きく、人が潜り込む道としては十分だった。二十名ほどのリニーク兵たちは、すでに城壁に取り付けられた鉄格子をこじ開けて待機していた。三人の姿を見ると、一斉に立ち上がる。
 馬を手近な木につなぎ、彼らはすぐさま水路へと侵入した。
 そろりと水に足を踏み入れる。途端に、その冷たさに震え上がった。
「これは……厳しいな」
石壁に水音が反響し、寒さに拍車をかける。水位はくるぶしまでしかないが、すぐに足の感覚がなくなり始めた。
 下水道ではないので、臭気や汚れは気にならない。水底にも苔ひとつ生えていなかった。だが、澄んだ水が視覚的にも冷たさをいや増す。
 道は少しずつ下りになり、水位が上がりはじめる。くるぶしからふくらはぎ、そして膝、腿。
水音と抑えた息遣いだけを聞き、四半鐘(約十五分)近くも歩いただろうか。ようやく行き止まりにたどり着いた時には、水はアスレシアの腰の位置にまで達していた。
頭上を見上げる。真上には小さな屋根があり、滑車と木製の桶がぶら下がっていた。ここから井戸のように水を汲み上げているのだ。
「さて、どこに出るか」
 ゼフィオンが、先頭に立って壁にかかる縄梯子を上り始めた。さすがというべきか、音もたてず敏捷に動く。あっという間に地上へと辿りつく彼の背を見上げ、サウスが「でかいくせに、すばしっこいな」と感嘆の呟きをもらした。
 顔だけ出してしばらく様子を窺っていたゼフィオンは、アスレシアたちを見下ろして軽く肯いてみせると、ひょいと外へ出て行った。続いてアスレシア、サウス、そして兵士達が素早く続く。
「敵は?」
 地上に出たアスレシアは、周りを見回して眉をひそめる。すでに戦闘は始まっているらしく、剣戟の音が近くに聞こえた。門からは、さほど離れてはいないようだ。しかし、嘘のように敵兵の姿はなかった。裏をかかれることなどないと高をくくっているのか、それとも単に頭が回らぬだけか。罠ではないかと疑うほど、周辺は静かである。
 兵士たちの間にも、不安とも動揺ともつかぬ空気が走る。支持を求めるように、彼らは一様に彼女たちに目を向けてきた。
「ここまで来たら、ごちゃごちゃ考えるより、進んじまった方がいいぜ」
 サウスが濡れそぼった服を絞りながら言った。
「そうだな。罠であろうとなかろうと、モーガンの元まで行けば良い。考えるだけ無駄だ」
 ゼフィオンが同意する。アスレシアは足元にできた水溜りを見下ろしながら、乱れた髪を纏めなおした。ふくらはぎを叩き、痺れきった足の感覚を呼び戻す。
「行くぞ。モーガンの首級(しるし)は俺がいただく」
 サウスがいきなり剣を抜き、飛沫を撒き散らしながら駆け出して行った。それを合図に、兵士たちは用意していた火打石と油をしみこませた布切れを懐から取り出し、四方に散る。アスレシアとゼフィオンは……。
しばし顔を見合わせた後、二人は慌てて傭兵の後を追った。
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