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2014.12.06(Sat):黄昏人
第八章 四話
【More...】

 リニーク兵たちが掛けた火は、またたく間に砦内に燃え広がった。吹き上げる黒煙と紅蓮の炎を抜け、最奥を目指して走っていた彼らの眼に、一見してそれと分かる大きな館が飛び込んできた。赤地に金色の翼の紋章が、鮮やかに翻る。アスレシアは声を張り上げた。
「サウス! 無茶をするな!」
 だが。
前方を行く傭兵は、振り返りもせずに門兵たちの中に斬り込んだ。瞬く間にジラルス兵の間に埋もれた男を見て、アスレシアとゼフィオンは揃って舌打ちをする。
「あの、馬鹿……!」
「金の力は侮れないな。人をさらに馬鹿にする」
 呆れた口調でゼフィオンは言うと、足を止めた。手早く長弓を構え、矢を手に取る。アスレシアの方は、そのまま勢いに任せてジラルス兵の中に飛び込んだ。剣を振り回して敵を散らすと、サウスの短い髪をむりやり引っ掴む。
「全員相手にしてる暇はない。先に行くぞ」
「ててててっ。乱暴な女だな! 分かってるよ。雑魚に用はねえ」
「サウス。モーガンの部屋に行く前に言っておく。奴の首を刎ねる前に、知りたいことがあるんだ。いきなり斬りかかるのは止めてくれ」
「ええ? まあ、あんたがそう言うならしょうがねえな……。行くぜ!」
 掛け声を合図に、同時に駆け出した。アスレシアはゼフィオンのいた場所を振り返ったが、すでに姿はなかった。己のルートを見つけ出し、早々と先に進んだようだ。
 後を追ってくる兵士を楽々と引き離し、二人は濃紺の絨毯を道標に駆ける。横合いから飛び出してきた兵士や、健気に剣を向けてくる小姓たちを容赦なく斬り倒し、先へ先へ。
程なく一際重厚な彫刻を施された扉が正面に現れた。扉の前には、怯えきった兵士が立ち並び、壁となっていた。
「死にたくないなら退け!」
吠える。だが、兵士は一人も退くことはなかった。恐怖に震えながら槍を向けてくるその姿に、隣を走るサウスが迷った様子で一瞬足を緩める。
アスレシアは鋭く舌打ちをした。彼女の足は鈍らない。それどころか、一気に加速する。
「ならば、死ね!」
 剣を振りかぶる。今度は警告ではない。宣告だった。
 戦場に迷いは持ち込まない。それは、戦乱の地に生まれた者が叩き込まれる鉄則だ。戦場で剣を握るならば、二つの覚悟を持て。殺される覚悟と、迷いなく殺す覚悟を。
 力の入っていない槍の穂先を数本まとめて叩き斬った。朱に染まり鬼神の形相で迫る彼女に、兵士たちの数人は悲鳴を上げて逃げ出した。それには構わず、扉をふさぐ兵士を一人、鎧ごと袈裟懸けに切り倒す。直後、背後から叩きつけられてきた槍の柄を、左の肩当で受け止める。マントを翻して絡め取ると、柄を握る若い兵士の下腹に剣を叩き込んだ。
 またたく間に二人の兵士を倒した彼女に、さしもサウスも息を呑む。
「これが〈混沌の地方〉の戦い方だ」
 サウスに片頬で笑いかけると、アスレシアは扉を力任せに押した。立派なのは見掛けだけらしい。大きさのわりに重量のない扉は、いとも簡単に開いた。
「ひ、ひいぃぃぃっ」
 扉が開くと同時に悲鳴が響き、思わず足を止める。
 中央に据え置かれた巨大な円卓の周囲には、喉を噛み裂かれた竜人たち。その向こう側に鎧を着けた肥満体の中年男。そして。
「……驚いた。いつの間に?」
 苦笑と共にかけた声の先には、漆黒の巨狼がいた。恐怖に顔を引きつらせる男の首に牙をかけている。わずかでも力を加えれば、男の頭部はただの肉塊と化すのは明らかだった。
「ぐぅ」
 ギラリと瞳を光らせ、一瞬だけ黒狼は笑った。それから、肉に埋もれるように男の首根にかかる首飾りを器用に牙に引っ掛けると、引っ張ってみせた。それを見たアスレシアの表情が、さっと凍りつく。
「……サウス。悪いが、少しの間だけ、外で兵士を防いでいてくれないか。モーガンの首を刎ねる時は呼ぶから」
 傷ひとつない鎧の上に輝く真紅の石を見つめたまま、硬い声で彼女は言った。サウスは蒼ざめた表情で眼前の光景を眺めていたが、再度促されてようやく我に返ったらしい。幾度も黒狼と彼女に視線を往復させた。
「外でって……。大丈夫なのか? こいつは……」
「大丈夫だ」
 アスレシアは黒狼に向かい、ふと唇の端を上げる。
「とにかく、頼む。そう時間はかからない。かけるつもりもない」
 サウスはまだ何か言いたそうな素振りを見せたが、ひょいと肩をすくめると血濡れの剣を肩に担いで部屋を出て行った。荒々しく扉が閉まる。アスレシアは背中でその音を確認すると、冷ややかな眼でモーガンを――正確に言うとモーガンの胸元を――見下ろした。ゼフィオンが銀の鎖を噛み切り、石を床に放り投げる。真紅の石は硬い音を伴って床を跳ね、彼女の足元へと転がった。
「……さっさと出てきたらどうだ」
静かに呼びかけた。たった一言。その後は、待つ。
束の間の静寂。
やがて、空気が揺らいだかと思うと、鳥肌が立つ感覚が立ち込めた。眼前の空間がぐにゃりと歪む。うっすらと霧をまとい、湧き出でたのは――白金の幻。
「………」
「ずいぶんと生臭い出迎えだね。半魔」
 開口一番、少年は嗤った。少し痩せたのだろうか。頬の線が幾分鋭くなった気がする。
「黙れ。すべて貴様が仕向けたことだ」
 アスレシアは顔にこびりついた血を拭うと、怒りに声を震わせた。
「サニト・ベイ……。貴様に、聞きたいことがある」
 少年は、小首を傾げる仕草さえ憎らしいほど優雅にやってのける。白金の髪が、さらりと美しく流れた。
「貴様の遊び相手は私達だろう。なぜ、無関係な人間をあんな化け物にした? なぜ、この国の内乱を煽るようなことをした? ここまで事を大きくする必要などないはずだ!」
「うるさいな。叫ばなくても聞こえているよ」
 サニト・ベイは柳眉をひそめ、大げさに耳を塞いだ。
「理由、ね。そんなものを言ったところで、何にもならないとは思うけれど……」
 白い歯を見せ、一呼吸置く。それから。
「――気が向いたから。それだけ」
 答えた。まるで今日の天気の話でもするように、素っ気なく。絶句するアスレシアを見て、少年はさらに言葉を継いだ。
「魔力を使いたかったし、この国の内乱を煽ったら面白そうだと思ったんだ。傷も治って機嫌が良かったからね。それに、少しくらい派手にやった方が、お前たちの頭にも血が昇りやすくなるだろう?」
「それだけの、ために……? たったそれだけのために、こんな大勢の人間を弄んだというのか。ここだけじゃない。ケーズでも……」
「ああ、そうだ。ケーズ、ね」
 サニト・ベイはゼフィオンに鳶色の瞳を向け、露骨に挑発の笑みを浮かべた。
「久しぶりの里帰り、楽しんでくれたかな? まだ本調子じゃなかったから、魔石を用意できなかったんだ。お前が村人を皆殺しにするかと期待していたんだけれど、そうはならなかったようだね。……残念だよ、情けない野良犬くん」
「ぐあぁぁぅ!」
 黒狼は激怒の咆哮を上げる。飛びかかろうとする彼を、アスレシアは両腕で飛びついて引きとめた。
 憤怒に滾る二人の視線を心地良さそうに受け止めつつ、少年は、さも可笑しそうに喉を震わせて嗤った。
「さて、と。お前たちの馬鹿げたやりとりを見る趣味もないから、手短に言おう。……アスレシア、ここでわざわざお前と話したのは他でもない。お前に謝罪を求めようと思ったからだよ」
 びくり、とアスレシアの頬が引きつる。
「謝罪……だと? ふざけてるのか、貴様」
「いたって真面目だよ。……いいかい。お前は、僕を傷つけたんだ。僕の身体に、おぞましい鋼鉄の痕を残してくれた。謝罪をしてもらわないと、また遊ぶ気になれなくてね」
 ゼフィオンが首筋の毛を逆立てて唸った。アスレシアは首筋に回した手に力をこめて、彼を諌める。冷静になれ、と幾度も頭の中で繰り返してから、口を開いた。
「……残念だが」
 冷徹な笑みをわざと浮かべ、彼女はかぶりを振った。
「子供の世迷言に付き合っている暇はない」
「もしも、お前が罪を認めないのなら、僕にも考えがある」
「勝手に考えていろ」
 即答する。少年の顔にちらと怒りが走るのが分かった。
「……そう。それが、答えなんだね?」
 鳶色の瞳に暗い焔が灯った。アスレシアはゼフィオンから離れると、幻影に血染めの刃を突きつけた。
「そうだ」
 サニト・ベイは不快な目つきで刃を見下ろす。冷徹な瞳を鋭く細め、何かを言おうとしたのか、軽く唇を舐めた。
だが、その時。
不意に激しく叩かれた扉に、アスレシアはハッと目を向けた。サニト・ベイも驚いたらしい。一瞬身体を強張らせてから、忌々しげに美しい面を歪めた。
「総大将のお出ましか……。仕方がない。これ以上話すのは無理なようだね」
「待て! まだ話は終わって……」
「残った竜人は、情けがあるなら殺してやるといい。それほど数も多くないだろう」
 ゆらり。少年は一瞬にして消え失せる。ゼフィオンは幻影が消えると同時に首飾りを咥え、そのまま破れた窓から飛び出していった。
扉が叩き割られ、オズワルドとサウスが怒声とともに転がり込んでくる。
モーガンの絶望的な悲鳴が、部屋に響き渡った。

 陽はすでに西に傾きかけていた。アスレシアは表情を変えぬまま、視線を走らせ傍らを見る。石畳の上に点々と描かれる鮮血の絵画が、あまりにも鮮やかに眼に刺さる。
 オズワルドの手にぶら下がったモーガンの首級。その顔は白目を剥き、大きく開けられた口からだらりと舌を出していた。太った男の首からは、血だけではなく黄色く濁った脂も滴り落ちている。
「晒すのか」
「無論」
 アスレシアは眉をひそめただけで、何も言わなかった。これは戦だ。敗軍の将の首級が晒されるのは当然の事である。それを非難する理由は、彼女にはなかった。
「俺のこと、ちゃあんと兵士どもに言っといてくれよ。このサウス・ブランデル様がモーガンの首を取ったってな」
 サウスが横合いから身を乗り出してきた。オズワルドは苦笑を洩らすと肯きかける。
「分かっている。報奨の件も後で相談しよう」
 「そうこなくちゃな」と満面に笑みを浮かべるサウスに、アスレシアとゼフィオンは、顔を見合わせて苦笑した。
「今日一晩は、ゆっくりとしていくがいい。アデムの村で勝ちいくさの宴でも開こう」
「ああ……」
 アスレシアは、ふと足を止めた。城壁の前に積み重ねられた兵士たちの遺体の中に、緑色の身体を見つけたのだ。ゼフィオンも気づいたのだろう。彼女と共に歩みを止めた。
 立ち止まった二人に、サウスが首を傾げて「どうした」と訊ねる。そして、彼らの視線の先にある竜人の遺体に気づくと、肩をすくめた。
「なに、心配すんなって。あいつらも、あの世へ行ってホッとしてるさ。これでまた人間に生まれて来られるってな」
 歯を剥いて笑う。ゼフィオンがふっと息を吐いて笑った。
「呆れるほど前向きな男だな」
「いくらでも呆れてくれ。男になら、呆れられようと嫌われようと構わん」
 おどけて手をひらひらと振る仕草に、アスレシアの表情も思わず緩む。
「そうだな」
 つぶやくと、踵を返した。
「そう思うと、少しは気が楽になる。……たまには、お前のような男にも救われるんだな」
「失礼な女だ。おい、お前の教育が悪いんじゃねえか?」
 サウスに胸を小突かれ、ゼフィオンは一瞬言葉をなくす。オズワルドが溜まらず吹きだした。
 嘆くばかりが、死者の為とは限らない。
 アスレシアは竜人と兵士たちの遺体を見つめ、そっと胸に手を当てた。
「汝が剣に清らかなる水を。汝が盾に静かなる風を。汝が御霊に穏やかなる眠りを……。心配はいらない。冥界も、それほど悪いところじゃない」
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