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2014.12.06(Sat):黄昏人
第九章 一話
【More...】

 眼前で交差された長槍を冷ややかに見下ろした。磨き上げられた甲冑に身を包んだ衛兵が、兜の下から上目遣いに彼女を睨んでいる。
「通行証ならあるぞ」
 傍らのゼフィオンが声を荒げた。だが、衛兵たちは答えない。人差し指をちょいと動かして、馬を下りろという仕草をする。
アスレシアは、渋々ながらも従った。鼻を鳴らす馬の鼻面を撫でてやりながら、鋭く兵士を睨みつける。ゼフィオンもやや遅れて下馬し、手綱を手繰り寄せた。
「通行証を出せ」
 二人のうち年長の衛兵が手を出してきた。アスレシアは、腰の皮袋の中から薄い小さな石版を二枚取り出した。滑らかな光沢を放つ白石板に、レクセント王国の紋章と古代神ギィの肖像が彫刻されているものだ。通行証という言葉がおよそ似つかわしくないそれは、他国であるなら骨董品を扱う店に並んでいても不思議はないような、美しい石版だ。
 衛兵は彼女の手から乱暴にそれを引っ手繰ると、入念に観察し始めた。明らかに偽造かどうかを疑っている態度を見せつけられ、アスレシアの眉間に深いしわが刻まれる。
「〈端境(はざかい)の大河〉沿いにあるパンザという関所で購入したものだ。レクセント王国内は、これ一枚で自由に通行できると聞いたが」
 兵士たちの表情が変わる。ちらと眼を見交わした後、若い方の兵士が嘲笑を浮かべて言った。
「ふん。その訛り、〈西方の蛮族(ディカロ・バル)〉か。この古王都に来るとは、いい度胸だな」
 その言葉が終わらぬうち、年長の衛兵は通行証を投げてよこす。
 古代王国の流れを汲み、文化や芸術の中心となっている大陸東部〈古(いにしえ)の地方〉。その中心たるこの国は、北方大陸一の領土と国力を誇る。大陸東部そのものをレクセントと呼ぶ事もあるほどで、大陸内で主に流通している東方(レクセント)貨幣もこの国で鋳造されている。
自分たちこそ、この地で最も優れた国の民であるという自負を持つレクセントの人々は、他国――特に西方の〈混沌の地方〉を、好戦的な蛮族の住む地として見下す傾向にあった。衛兵たちの言動も、レクセントの者として、ごく自然に出たものだろう。
「貴様……」
 さすがに聞き流す事ができず、衛兵に詰め寄る。が、素早く伸びてきたゼフィオンの手によって引き戻された。傍らを行く旅人たちが好奇に満ちた目で自分たちを眺めながら通り過ぎてゆく。彼女は大きく舌打ちをすると、腕を組んで黙り込んだ。
「通行証があるのだから、入っても構わないのだろう」
 ゼフィオンが言う。だが、衛兵たちは答えようともせず背を向けた。そして、次の獲物だといわんばかりに、すぐ側を歩いていた南方大陸の黒い肌の商人の行く手に立ち塞がると、同じように通行証を求め始めた。
「行くぞ」
 憤懣やるかたないアスレシアに苦笑を向け、ゼフィオンは馬を引いて歩き出す。アスレシアは、およそ上品とはいえぬ罵りの言葉を一言吐き捨てると、足音荒く後に続いた。
 巨大な城門を抜け、一歩中に足を踏み入れる。途端に彼女の足が止まった。
「すごい……な」
 思わず感嘆のつぶやきが洩れた。先の怒りも一瞬忘れ去り、目を見張る。
 城門から真っ直ぐに伸びる大通りは人で溢れ、両側にはずらりと商店が立ち並んでいた。街のあちこちに高い塔や建物が天を突くようにそびえ立っている。しかし、そのどれもが洗練された造りであるためか、重苦しさや圧迫感は微塵も感じられない。むしろ、澄みきった空を背景にして、芸術品のように美しい光景を作り出していた。
 これが、大陸一の都と謳われるレクセント王都クルーデン・ヒルなのだ。その繁栄ぶりを目の当たりにすると、悔しいが衛兵たちの態度も納得がいった。彼女の祖国ガルバラインの都ガラハールも美しい街ではあったが、これと比べれば、やはり片田舎の小国の一都市に過ぎないのだと認めざるを得ない。
 ゼフィオンもここまで巨大な街は初めてであったらしい。二人は、しばし街の空気に圧倒されて立ち尽くしていた。と、
「あの……。ごめんなさい」
 不意に背後から声をかけられた。我に返る。
「……?」
 声の主を確かめ、首を傾げる。立っていたのは、十歳前後の少女だった。まっさらな雪を思わせる白銀の髪をみつあみにし、光沢のある淡い緑色の清楚な衣服を身につけている。髪と同じ銀色の瞳が印象的な娘だ。冥界ならばともかく、人間界にこの色の瞳を持つ者は極めて珍しい。
「お祭が近いので、いろんな所から人が集まってきているんです。だから、兵隊さんはいつもよりピリピリしていて……。怒らないでください。普段はもっと親切なんですよ」
「ああ……」
 子供に言われ、二人は苦笑を洩らした。
「見ていたのか」
 アスレシアは、少し屈んで少女と目線を合わせた。間近で見ると、その瞳の美しさが更によく分かる。吸い込まれそうなほどに透き通った美しい瞳だ。
 少女は肯くと、にこにこと笑いながら言った。
「ええ、偶然。でも、おかげであなたたちを見つけることができました」
「見つける? ……私たちを?」
 アスレシアとゼフィオンは、顔を見合わせた。クルーデン・ヒルには初めて足を踏み入れたのだ。人に探される覚えなどない。
 だが、少女はそんな反応を予期していたのか、笑顔を崩すこともなく続けた。
「少し前、この街に二つの力が入ってくるのが見えました。不吉な力とそれを消そうとする力。どちらも人間のものではない、とても強い力です」
「………」
「不吉な力は、この街に大きな災いを起こそうとしています。……あなたたちは、その力を追ってこの街に来た、もう一つの力ですね」
 アスレシアは、その揺らぎのない態度と口調に一瞬警戒心を抱いたが、すぐに表情を元に戻した。ここが古代の血を色濃く残すレクセントであることと、少女の銀色の瞳から、一つの答えに行き当たったのだ。
「〈古の地方〉では魔術師や能力者が珍しくないと聞いたことがあるが……。君もそうなんだな? 先を見る予見者というやつか」
 少女は微笑を浮かべたまま肯くと、そっとアスレシアの手を握りしめてきた。ヒヤリとした感触は、子供の手とは思えなかった。
「このままだと、たくさんの怪我人が出ます。怪我だけじゃなくて、亡くなる人も。そのことをあなたたちに伝えたくて……。詳しいお話をしたいから、一緒に来てもらえませんか」
 強く手を引かれる。ひとまずそれを制して立ち上がった彼女は、ゼフィオンと顔を寄せ合った。
「……どう思う? 不吉な力というのは、やはり奴のことか」
「そうだな。……どちらにしても、サニト・ベイの気配はこの街にあるんだ。乗ってみても悪くないかもしれない。それに、例の気配を感じてはいないんだろう? だとしたら、この子は奴の罠ではないということだ」
「ああ、それはそうだな。あいつの嗤いは浮かばない……」
 アスレシアは、そっと少女を盗み見た。不安気に彼女たちを見上げて立っている姿は、どこにでもいるごく普通の少女だ。髪と瞳の色がなければ、とても予見者などと思わないだろう。
 揺らぐ銀色の瞳に向かい、アスレシアうなずいた。
「いいだろう。私たちもあいつを探す手間が省ける。一緒に行こう」
 少女は顔をほころばせると、再びアスレシアに向かって手を差し出そうとした。――すると。
ふと、その視線が二人の後方に流れた。小鳥のように可愛らしく小首を傾げる。
「あら? もう一人いらっしゃったんですね」
「え?」
 意味が分からず振り返る。瞬間、二人は驚いて目を丸くした。
「ネイヴァ!?」
 見事に揃った声に、そこに立っていた人物はケラケラと笑い声を立てた。緩やかなくせのある黒髪を揺らす、妖艶で無邪気な黒猫。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あたしだって仕事があるんだからね」
 黄金色の瞳を煌かせ、彼女は腰に下げた袋を叩いて見せた。どうやら、何某かの魂を手に入れるためにクルーデン・ヒルに紛れ込んでいたらしい。
「まさかこんな所で会うなんて、こっちも驚いたわよ。ここの所アベリアル様から何の指示もなかったからさ。あんたたちに会えなくて寂しいなあ、とか思ってたのよね」
 悪戯っぽくネイヴァは笑った。アスレシアは渋面を作ると、わざとらしく視線を逸らす。
「……何を企んでいるんだか」
 ぴくりとネイヴァは頬を引きつらせる。二人の女の空気が冷たく凍ったのを見て取り、ゼフィオンが慌てて間に割って入った。
「まあ、そういう偶然もあるんだろう。ネイヴァ、またアベリアル様に怒鳴られるぞ。早く帰った方が良い」
「ああ、それなら大丈夫」
 ネイヴァはけろりと笑って言った。
「今日は退屈しのぎで捕りに来た小悪党の魂ひとつだけだったからね。競合相手もいなくて、予定よりずいぶん早く終わったのよ。だから、少しぐらい遊んでも全然問題なし」
「……お前な、そういう問題じゃないだろう。魔力はいいのか?」
 ゼフィオンは声を落として訊ねる。だが、ネイヴァはそれにも笑って手を振ると、
「心配してくれなくて結構。自分の事は自分が一番よく分かってるからね」
 そして、つかつかと少女の前に歩み寄った。少女は笑顔でネイヴァを見上げる。
「予見者、ね。面白そうじゃない。あたしも行くわ」
「ええ。あなたも力を持ってますね。それも、この方たちよりも少しだけ黒い力……」
「そうよ。人間の子供にしては、なかなか鋭い力持ってるじゃない」
 ネイヴァは首をひねってアスレシアたちの方を振り返り、にっと笑って見せた。
「いいでしょ、アスレシア?」
 勝ち誇ったような彼女の顔に、アスレシアは小さく肩をすくめると「好きにしろ」とだけ言った。どうせ駄目だと言ったところでついてくるのだ。言うだけ無駄である。
「では、行きましょう」
 少女の言葉を合図に、大通りを歩き出す。先頭に少女、その後ろにアスレシアとネイヴァ、そして最後方にゼフィオン。
「……起こらなくてもいい問題が起きそうだな」
 溜息混じりのつぶやきが背後から聞こえる。
二人の女はチラリと視線を合わせ、含んだ笑いを洩らした。
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