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2014.12.06(Sat):黄昏人
第九章 二話
【More...】

 アスレシアは眉をひそめた。少女は静かに肯くと、三人を見つめる。
 予見者たちが集団で住まうという“月(つく)読(よ)みの館”に招かれた彼女たちは、少女と共に一室にいた。瀟洒な造りの、いかにも洗練された造りの部屋である。
 少女の名はユナといい、驚いた事にこの館に住む予見者の中で一、二を争う能力の持ち主だった。
「……つまり」
 たった今ユナから聞いた話を反芻しつつ、アスレシアは口を開いた。
「三日後に開かれる古代神ギィの祭典で、その不吉な力が動く、と言うんだな」
「はい」
 ユナはうつむき、唇を噛んだ。
「〈風花祭典(かざばなのまつり)〉は古代神ギィと雪の精霊フィエランティナとの婚礼を祝うお祭で、とても大きなものです。他の国からもたくさん人がやって来ていますし……。そんな場所で、大きな事件が起これば、街は大混乱になってしまうでしょう。何とかして、あなたたちの力でその災いを防いでください。クルーデン・ヒルを守って欲しいんです」
「その不吉な力がどういうものなのか、具体的には分からないの?」
 ネイヴァの質問に、ユナは不安気に何度も瞬きをした。
「……炎が見えます」
「炎?」
 アスレシアとゼフィオンの顔が強張る。少女は震える声で言った。
「祭典の日に、大きな炎が起こります。この街のどこかに」
「詳しい場所は?」
 アスレシアは問い詰めたい衝動を抑えこみ、努めて冷静な声で尋ねた。しかし、ユナは彼女の期待のこもった眼差しを拒むかのように膝の上できゅっと小さな手を握りしめると、かぶりを振った。
「予見では、そこまでは分かりませんでした。ただ……」
「ただ?」
「この祭典で、炎を使うといえば、火の能力者たちが住む“紅炎(こうえん)の館”だと思います。いつも祭では火を使った見世物をしていますから」
「見世物……。ずいぶん危険な事をするんだな」
 ゼフィオンが不快な面持ちで言った。ユナは困ったように少し笑う。
「能力者と言っても、魔術師のようにすごい力を持った人はいません。みんな、ほんの少し火を熾(おこ)したり動かしたりできる程度の人ばかりです。私たち予見者も同じですよ。ぼんやりと先が見えるだけで、詳しい事まで分からないんです」
 アスレシアは、内心そうだろうと肯いた。本当に強力な力を持つ、いわゆる魔術師や預言者と呼ばれる者ならば、その力をもっと別のものに用いているはずだ。そして、力が強ければ強いほど、自分の能力を簡単に他人に見せたりしない――かつてガルバラインにいた一人の老文官から聞いた話だ。
 その男も能力者だった。若い頃、自身の力を過信して人を殺めた事があったという。己の力の大きさを痛感した彼は、以来自らの力を封印した。大切な人の危機、あるいは国の危機以外に自分の力を使う事はないだろうと、男は笑った。
 あの男はどうしただろうかと、ぼんやりと思い返してみる。が、ユナの不安に満ちた瞳に、すぐに現実に引き戻された。そんな事を考えている場合ではない……。
「どうするの?」
 ネイヴァが顔を覗きこんできた。ユナを信じるのかと目が語っている。アスレシアは、ゆっくりと紅茶を一口含み、しばし考えた。
「……私たちだけでこの大きな街全部を見回れるわけじゃない。その“紅炎の館”とやらに奴の罠があると考えて行動に出るしかないだろう。奴は、炎を操るのが得意なようだから」
「頼りないね」
 ネイヴァは、ふんと鼻で笑う。が、そう言いつつも、どこか楽しんでいるような表情だ。もしかすると、当てが外れて混乱が起こるのを期待しているのかもしれない。
「とりあえず、まだ時間はある。その間に、何とかして奴の罠を見つけ出すしかない」
 身を乗り出してきたゼフィオンが、締めくくるように言った。
 ユナが「お願いします」と深々と頭を下げる。任せろと言い切る事もできず、彼らは曖昧に肯くと席を立った。

「さぁて。何から始める?」
 ネイヴァの弾んだ声に、アスレシアはこめかみを押さえ、眉根を寄せた。
さほど長居したとも思えなかったのだが、いつのまにか陽は西の空に消えていた。街灯の灯り始めたクルーデン・ヒルの街を見下ろしながら、三人は石畳の道を下っていく。強い風が、時折彼らの衣服を不規則にはためかせる。
「今日はもう遅いから、明日の朝にでも“紅炎の館”に行ってみる。運が良ければ、奴と接触できるかもしれない」
「運が良ければ、ね」
 アスレシアの言葉にニヤリと笑うと、ネイヴァは足を止めた。
「じゃあ、あたしは帰ることにするわ。宿代を払ってもらうのも気が引けるし、少しでも魔力を回復させておきたいから。明日の朝は……そうね、七鐘頃に来ればいい?」
「あんまり張り切って早く来られても困る。長旅で疲れている上に、着いた早々こんなことになってクタクタなんだ。ゆっくりと休みたい」
「わかった。じゃあ、八鐘ぐらいに顔を覗かせる。――ゼフィオン」
「なんだ?」
 ネイヴァは、仏頂面で返事をしたゼフィオンの耳元に顔を近づけた。
「疲れているんだってさ。ほどほどにしてやりな」
「……!!」
 絶句するゼフィオンに片眼を瞑ってみせると、甲高い笑い声を残して黒猫は消えた。
 アスレシアは、彼らのやりとりをはっきりと聞き取れなかったが、改めて聞くと更に疲れそうだと本能的に察知して、あえて問いただす事はしなかった。どうせ、また黒猫が余計な事を言ったに違いない。ゼフィオンのうろたえ振りが、それを証明している。
 二人は坂道を下りきり、街の猥雑な喧騒の中へと足を踏み入れた。
 群青色の宵空の下で、クルーデン・ヒルの街は不夜城へと姿を変えつつあった。通りという通りには屋台が立ち並び、仕事を終えた男たちが次々と宿屋と兼営されている酒場へと入っていく。アスレシアたちの宿も例外ではなく、一階の酒場はすでに陽気な歌声に支配されていた。吟遊詩人も訪れているのか、リュートの音も混じっている。
「……静かに眠れそうにないな」
 苦笑交じりにアスレシアは扉を開けようとした。その時だ。
「火事だ!」
 人混みの向こう側で誰かが叫んだ。反射的に二人は身構え、声のした方角に目を向ける。
 闇の中に立ち上る白煙が、視界に飛び込んできた。
「紅炎の館らしいぜ!」
 男が二、三人、叫びながら目の前を通り過ぎて行った。それを耳にするや否や、アスレシアはゼフィオンに確認もせず駆け出した。
 狭い路地を抜け、騒ぐ人々を押し退けて進む。ほどなく大きな通りに出ると、前方にちらちらと揺れる赤い炎が現れた。“月読みの館”よりは一回り小さいが、それでも十分に広大な屋敷の一部から、火の手が上がっている。
「おい! 火事の原因は何だ!?」
 アスレシアは周囲の野次馬たちの中に飛び込み、隣にいた青年の腕を掴んだ。青年はぎょっとして腰を引きつつ、答える。
「え? さ、さあ……。祭の練習に失敗したって誰かが言ってたけど」
「火を出した人間は分かっているのか?」
「知らないよ。警固兵にでも聞きな」
 少年は、迷惑そうに彼女の手を振り払った。アスレシアは苛立ちを隠しきれず、荒っぽく周囲の人を押しやると、人垣の最前列まで進み出た。すでに警固兵は屋敷を取り囲んで事態の収拾に当たり始めており、館には近寄れなくなっている。
 サニト・ベイの顔を苦々しく思い浮かべながら、彼女は身を乗り出した。
「気配は感じるか?」
 背後でゼフィオンの声がした。
「いや……今のところは……」
 警固兵に混じり、懸命に消火に当たっているのは、この館の住人たちだろう。右往左往し、協力しているのか邪魔しているのか分からないほど混乱しているのが、遠目にも分かる。
 だが、それでも、暫くするうちに火の勢いは徐々に弱まり始め、炎の姿はほとんど見えなくなってきた。これ以上火が広がる事はなさそうだと判断したらしい野次馬たちの間から、安堵とも落胆ともつかぬ声が上がった。アスレシアも、とりあえずホッと胸をなで下ろす。
 ただの小火(ぼや)だったのかもしれない。そう思ってゼフィオンの方を振り返ろうとした時。
「………」
視界の端に入り込んできた少年の姿に、ふと動きが止まった。
 ユナと同じくらいの年齢だろう。肩に小さな仔猫を乗せた少年は、アスレシアと眼が合うと、にっこりと笑って近寄ってきた。
「お姉さん。アスレシアさんだよね?」
「……お前」
「ふふ。聞いたとおりだ。怖い顔してる。いつも怒ってるんだね」
「なに? ――誰から聞いた」
 アスレシアの問いに、少年はおかしそうに笑った。肩の上の茶トラの仔猫が、ふらりと尻尾を揺らす。
「言わなくても分かってるんじゃないの?」
「サニト・ベイだな。お前、奴に何か能力を……」
 少年は、ほっそりとした手を上げて彼女の言葉を遮る。そして、仔猫を肩から下ろし抱きかかえると、その前足を持って左右に振って見せた。
「僕はレオン。こいつはエス。今日はお姉さんの顔を見に来ただけなんだ。質問はまた今度にしてよ。じゃあね」
 言うなり、ひらりと身を翻す。
「ちょっ……。おい、待て!」
 後を追いかけようとしたが、人垣に阻まれた。あっという間に少年の姿は遠のいていく。
 白煙の中にかすむ少年と仔猫の後姿を、アスレシアは歯噛みして見送るしかなかった。
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