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2014.12.06(Sat):黄昏人
第九章 三話
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 翌朝、白日の下に紅炎の館は無残な姿を晒していた。
 被害があったのは館の一画だけであり、幸いなことに死者や重傷人もなかったので、すでに周囲は平穏を取り戻して見物人は皆無だった。警固兵が二人、退屈極まりない顔で見張りに立っているだけである。
 アスレシアとゼフィオン、ネイヴァの三人は、塀の外から様子を窺った。昨夜のレオンという少年がいるかどうか、確かめに来たのだ。
「あの少年は、火の能力者なのか?」
 ゼフィオンが大欠伸をしながら言った。傍らのネイヴァが含み笑いをしているのに気づき、憮然とした顔で彼女の肩を小突く。
「館から出てきたからな……。あの少年が火を出したのかどうかは分からないが、サニト・ベイと関わりがあるのは間違いなさそうだ」
「じゃあ、その少年を捕まえれば、不吉な力とやらは防げるっていうわけ?」
「理屈ではそうなる。が……」
 アスレシアは、片手で口元を覆って考え込んだ。
「そう簡単にいくかどうか」
「それはそうね。何しろ、あいつ(、、、)なんだから」
 館の中には入れそうにない。中庭を人が時々横切るのが見えるが、いずれもレオンではなかった。
「迷ってるより訊いた方が早いんじゃないの?」
「そうだな。俺もそう思う」
 あっけらかんと言うネイヴァに、ゼフィオンがすかさず同意した。思いがけず息の合ったところを見せられて、アスレシアは一瞬鼻白む。
「……じゃあ、訊いてくる」
 自分でも思ってみなかったほど棘を含んだ声になり、アスレシアは慌てて二人に背を向けた。門前まで行くと、偶然出てきた壮年の男―魔術師でも気取っているのか、全身黒ずくめの長衣をまとっていた―に近づいていく。
「ここにレオンという男の子はいるだろうか」
 ローブの男は、いかにも胡散臭そうな目つきでアスレシアを睨め回す。
「レオンなら、いつものように買い物に出ている……。知り合いか?」
「少しな」
 いないのなら、余計な事を話す必要はない。そう思って踵を返そうとした矢先、背にネイヴァの声が飛んできた。
「アスレシア! この子じゃないの?」
 振り返ると、そこには、きょとんとした表情のレオンがいた。肩には、昨日と同じく仔猫のエスが乗っている。
 ゼフィオンとネイヴァを前に不思議そうな表情をしていたレオンだったが、アスレシアを見たとたん悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ああ、アスレシアさんだ。……へえ、夜より昼のほうがやっぱり綺麗だね。僕の好みかどうかは別にして」
 十歳程度の子供の言葉とは思えない。アスレシアは怒りを通り越して苦笑を浮かべながら、レオンの元へと歩いて行った。
「少年、今日はじっくりと話を聞かせてもらうぞ」
「そんなに話すことなんてないんだけど」
 レオンは、三人の大人を向こうに回しても一向に怯む気配はない。むしろ、余裕すら感じさせるその態度に、アスレシアは苦りきった表情になる。
「とにかく、少し移動しよう」
 先の黒いローブの男が、不審な目つきで彼らを見ていた。無邪気に「お腹が減った」というレオンに、一行は通りにある小さな食堂に入ることにした。
 ちょうど朝食の時間ということもあり、小さな店内は意外と混雑していた。席につくなりメニューを手にして次々と注文し始めたレオンを見て、ネイヴァが呆れた様子で足元のエスを抱き上げる。
「ちょっと。調子に乗るんじゃないよ、悪ガキ」
「いいじゃないか。お姉さん、美人がそんな話し方をしてたら、男の人がガッカリするよ」
「あんたに言われる筋合いはないって」
 呆れた口調で返すと、ネイヴァはエスの耳を引っ張って遊ぶ。エスは甚だ迷惑そうに首を振った。が、それ以上嫌がるわけでもなく彼女の手から逃れようとはしない。アスレシアは、猫同士通じるものでもあるのかと興味を持ってエスを眺めた。
「アスレシアさん、猫好き?」
 エスをじっと見つめるアスレシアに気づいたレオンが、尋ねてきた。ネイヴァの黄金色の瞳と視線を合わせてから、彼女はとぼけた口調で言う。
「猫によるかな。悪戯が過ぎる猫は嫌いだ」
「ふふ。猫はみんな悪戯好きなのよ。ね、エス?」
 ネイヴァの言葉に、エスは小さくニャアと返事をすると、するりと床へ降りた。そして、レオンの足元でうずくまる。猫との相性が極めてよろしくないゼフィオンが、幾分ホッとしたように話題を変えた。
「猫のことなんて放っておいて、肝心のサニト・ベイの事を聞かせてもらおうか」
「食べながらでもいい? 僕、お腹が減って我慢できないよ」
 言いつつ、すでにレオンの手は運ばれてきたばかりの皿に伸びていた。炙った鹿の塩漬け肉と甘味のあるタランの実を合えたクルーデン・ヒル名物〈フィフ・タラン〉である。
「みんなも食べれば?」
 口いっぱいに頬張り、レオンは言った。金を払うのはアスレシアたちに決まっているのだが、まったく悪びれた様子はない。アスレシアは、うんざりとした様子で溜息をひとつつくと、通りかかった給仕の女に果実水を三つ注文した。
「――で、サニト・ベイとはいつ会った?」
 香ばしい匂いにあっさりと屈し、ゼフィオンがフォークを手に取りながら言った。レオンは肉を飲み下してから、首を傾げてみせる。
「いつだったかなあ……。五日ほど前、かな。紅炎の館に来て、僕の芸を見てたんだ。僕、どうしても上手くいかなくて失敗ばかりしてたんだよね。そしたら、サニトさんが手伝ってあげるって、僕の力を助けてくれたんだよ」
「火を操る力を大きくしてもらったのか」
「うん。でも、そんなに大きな力じゃないよ。芸が上手くできるほどの力さ。……おかげで祭には何とか間に合いそうだよ。僕の芸がこの祭で一番の出し物なんだから」
 アスレシアとゼフィオンは顔を見合わせた。サニト・ベイが純粋に少年を助けるなど考えられなかったのだ。少年が気づいていないところで罠を仕掛けているとしか思えない。
「奴とは何を話した?」
「覚えてないなあ。特別変わった事なんて話さなかったと思うけど」
「お前の力を大きくした後、紅炎の館に入ったりはしたか?」
 アスレシアの問いに、レオンは大げさに驚いた表情をしてみせた。
「まさか! どんな人でも部外者は一切入れないよ。サニトさんは、庭先で僕に力をくれただけさ。それから、すぐにどこかへ行っちゃった」
 以下に口が達者な子供とはいえ、ここまで自然に嘘をつくのは難しいだろう。アスレシアは、レオンの言葉に真実を嗅ぎ取った。それはゼフィオンもネイヴァも同じらしく、彼女が視線を向けると密かに肯く。
「やつは、私のことを言っていたのだろう? 何と言っていた」
 アスレシアは質問を変えた。
「何って……。アスレシアっていう女の人が、きっと後からここに来るって。もう半年近くもずっとサニトさんを追いかけてくるんだって言ってたよ。いつも怒って怖い顔してね。でも、そのくせ全然僕を捕まえることができないんだって笑ってた」
「………」
 アスレシアは苦い笑いを洩らすしかなかった。相手が大人であれば、テーブルの下で蹴りのひとつでも見舞ってやるところだが、子供が相手ではそうもいかない。
「もうすぐ捕まえてやるさ」
 運ばれてきた麦酒をあおり、独り言のようにつぶやいた。これ以上、サニト・ベイの思うままにさせておくつもりは、当然ながらなかった。半年という期間を得て、白金の美しき王子は恐ろしいまでの魔力を手にした。それはすでに、コズウェイルの手から逃れ、アスレシアたちを罠にはめて遊ぶだけでは、持て余してしまうほどの力となっているはずだ。彼が何かとてつもない考えを起こさぬうちに捕らえ、死神の元へ送り届けてやらなければならない。アスレシアの心に、小さな苛立ちが生まれる。
「サニト・ベイは、まだこの街にいると思う?」
ネイヴァが足元のエスに肉片を与えながら言った。ずばりと核心を突いたその言葉に、座の空気が一瞬強張る。
「……いまのところ、あいつがすぐ近くにいる気配はないな」
 レオンの耳に入らぬよう声を低め、アスレシアは答えた。ネイヴァは「ああ」と納得した表情になり、含み笑いを洩らした。
「あんた“探索”の魔力を身につけていたんだっけ。……罠と本人では感じ方が違うの?」
 アスレシアは片方の眉を少し上げて、肯定の意を表した。この街のどこかにいるのかもしれないが、少なくとも今現在この近辺にはいない。いっその事目の前に現れてくれれば、すぐにでも決着をつけてみせるのに、と、思わず浮かんだ不謹慎な気持ちを、彼女は慌てて打ち消した。
「とりあえず、レオン。祭が終わるまではお前を見晴らせて貰うからな。逃げようなどと考えるなよ」
 ゼフィオンが皿に手を伸ばそうとしていたレオンの前から、最後の肉をひょいとさらった。少年の抗議の声に少し意地悪な笑みを返すと、容赦なく口に放り込む。
 あと二日間もこの生意気な少年と関わらなければならないのかと、アスレシアはうんざりして視線を落とした。
テーブルの下にあった瞳が彼女を見上げ、ニャアと一声鳴く。
 心を見透かされた気がして、口元がいっそう不機嫌に引き結ばれた。
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