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2014.12.06(Sat):黄昏人
第九章 四話
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 鮮やかな色彩を全身にまとった街が嬌声をたてる。舞台に立つ踊り子のごとく妖しい興奮をはらみ、人々をさらに昂ぶらせてゆく。
 祭である。
レクセント王国を守護する古代神ギィと雪の精霊フィエランティナの婚礼を寿(ことほ)ぐ風花祭礼(かざばなのまつり)。日頃の憂さを晴らし、辛さを忘れ、人々が無為に活気づく日。
 紅炎の館には、能力者たちの芸を見ようと多くの人が詰め掛けていた。
 中庭に舞台を設置し、木製の粗末な長椅子が狭い間隔でずらりと並べられている。そのどれもが人で埋まっており、空席はすでに無い。
 アスレシアたちは朝から脇の一画に陣取り、ずっとレオンの様子を観察していた。あれから二日、彼らは少年の身辺を探り続けたのだが、結局目ぼしいものを何一つ見つけられないまま当日を迎えてしまったのである。
出番でない能力者たちには、それぞれ決まった役割があるらしく、入り口で入場券を受け取ったり客の整備に当たったりしている。レオンは司会役を任されていて、仔猫のエスと共にずっと舞台の傍らで次の演目や解説に声を張り上げていた。
「運が良かったな。これなら楽に見張れる」
 ゼフィオンの言葉にアスレシアもうなずいた。ネイヴァだけが、一人面白くもなさそうに組んだ膝の上に頬杖をつく。
「もしかして、夜までこうしてくだらない大道芸を見ていろって言うの?」
「大道芸じゃなくて、レオンをな」
「余計につまらないわよ。演目を読み上げるだけで精一杯じゃない、あの悪ガキ」
「何を期待しているんだ」
 アスレシアは、ネイヴァに鋭い視線を向けてたしなめた後、腕を組んでレオンに目を戻した。今のところ、特に目立った変化や動きはない。このまま何事もなく過ぎてくれれば良いのに、と淡い期待を込めて少年を見つめる。サニト・ベイが絡んでいる以上、無事に事が済むなどあろうはずがないのは、十分に分かっているのだが……。
 しばらくすると、レオンが手にしていた紙片を胸ポケットにしまい、他の者と交代した。どうやら出番らしい。アスレシアの緊張が少しばかり高まる。
「続きまして、レオンによる火炎の舞いにございます」
 司会としては、お世辞にも上手いとはいえぬ声が会場に響くと、客の間からワッと歓声が上がった。レオンが一番の目玉は自分だと言っていたのは、あながち嘘ではないらしい。拍手と口笛に迎えられるようにして、レオンがはにかみながら舞台に踊り出た。
「レオン! 三日間の昼食代くらいは、楽しませなさいよ!」
 歓声の中、ネイヴァが叫んだ。よく通る彼女の声に、周囲の観客が振り返る。アスレシアとゼフィオンは揃って苦笑を洩らした。
 レオンは、ネイヴァに向かって胸を小さくひとつ叩いてみせると、客席に向き直り深々と頭を下げた。エスが心得たように肩から下り、舞台の袖から消えた。
「今日は紅炎の館にようこそお出でくださいました! 僕は、レオン・ノイエ。このクルーデン・ヒル一の火の能力者です。この風花祭礼の日に、ぜひ皆さんに僕の素晴らしい力を見ていただきたいと思います!」
 先の司会とは打って変わって、流れるような挨拶だ。観客たちは、一斉に喝采を浴びせかけた。レオンはもう一度お辞儀をしてから舞台の中央へと移動し、やや緊張した面持ちで掌を服に擦りつける。
 静まりかえった観客に見守られ、少年の両手が高々と上がった。いよいよ芸が始まろうとした――まさにその時。
「………!」
 アスレシアは、はっと面を上げた。視界の端に飛び込んできたのは、黒い煙。
 舞台の後方、いや、紅炎の館の中だ。弾かれたように三人は立ち上がった。
「なぜだ? レオンは……」
 ドオオオン。
 怒鳴る彼女の言葉をかき消して、巨大な火柱が天を突いた。
「きゃああああっ」
「何だ、あの火は!」
「あれが見世物なのか?」
「馬鹿言え! あれが芸なもんか!」
 観客たちは一瞬にして混乱状態に陥り、大騒ぎとなった。観客だけではない。巨大な火柱は、クルーデン・ヒルにいる人々すべての目に入ったに違いない。館の外からも、人々の喚きたてる声が響いてきた。
 三人は、逃げ出す人々の流れに逆らい舞台へと向かう。舞台の上では、茫然とレオンが突っ立っていた。アスレシアは彼の元まで駆け寄ってその肩を掴み、揺さぶった。
「レオン、どういうことだ! お前が、サニト・ベイに力を……」
「知らないよ! 僕じゃない! 僕はあんなの知らない!」
 恐怖のためか、ぼろぼろと涙を流し、レオンはアスレシアにしがみついてきた。そのあまりに正直な子供の反応に、彼女は言葉を継ぐ事ができない。レオンの肩を掴む手を緩めて少年を落ち着かせようとし――。ふと、眉をひそめた。
(サニト・ベイの気配が……)
 鮮やかに感じていたはずのサニト・ベイの嘲笑が、微かなものになっている。まさか自分の魔力が弱まってしまったのかと、不安がよぎった。
「アスレシア!」
 ゼフィオンの鋭い声に、顔を向けた。館に上がった炎は、恐ろしい勢いで燃え広がっていた。昨夜の小火とは比べものにならない。意思を持った生物のごとく建物を舐めていく。
「こっちだ!」
 言うなり、ゼフィオンは身を翻して舞台から降りた。アスレシアとレオンも急いで後を追う。
「ゼフィオン! ネイヴァはどうした?」
「追っている!」
「誰を……」
 言いかけて、口を閉ざした。すうっと顔から血の気が引いていく。
――分かった。なぜ、レオンにあったサニト・ベイの気配が弱まったのか。彼のまったく関係のないところで炎が上がったのか。そして、ネイヴァが先に追ったのか。
 アスレシアは、手を伸ばしてレオンの行く手を遮った。驚いた様子で少年は足を止める。
「この先は私たちに任せて、お前は逃げろ」
「ええ!? どうして! 僕は、この館の……」
「いいから逃げろ!」
 びくっと身を縮めたレオンに背を向け、アスレシアは駆け出した。怒りに噛みしめた奥歯が、ぎりりと悲鳴をあげる。
 ゼフィオンに追いつき、二人は激しく燃え盛る建物の前に立った。風に煽られて飛び火したのか、数箇所から火の手が上がっていた。このままでは、辺り一帯が火事になってしまいそうだ。早く何とかしなければならない。
 警固兵たちが、ようやく消火活動のために集まり始めている。アスレシアは、空を振り仰ぐと炎に向かって叫んだ。
「ネイヴァ! どこにいる!!」
 バリバリと音を立てて館の屋根の一部が崩れ落ちる。何人かが巻き込まれたらしく、悲鳴が上がった。人々は泣き喚き逃げ惑い、一帯はさながら戦場のようになっていた。
「ニャーオ」
 耳を塞ぎたくなる騒音の中、はっきりと猫の声が届く。直後、塊が二つ落下してくるのが見え、アスレシアとゼフィオンは慌てて駆け寄った。
 ドサリ。地面に落ちた塊は、二つとも動かない。アスレシアは、素早く黒い方を手に抱き取った。黄金色の目がうっすらと開き、弱々しくニャアと鳴く。
「ネイヴァ……。大丈夫だ。すぐに連れて帰ってやる」
 べっとりと血で汚れた己の掌に頬を引きつらせながら、アスレシアは囁いた。ゼフィオンが彼女の手からネイヴァを抱き上げると、そうっと自身のマントで小さな身体を包んでやる。そして、「すぐに戻る」とアスレシアに肯きかけると、その場を離れていった。
 アスレシアは束の間その背を見送ると、地面に倒れていたもう一つの塊を睨み据えた。こちらも酷い怪我を負っているらしく、地面にどす黒い染みが広がっている。
「サニト・ベイに力を貰ったのは、レオンだけではなかった……。むしろ、お前の方が力を与えられていたんだな」
「ニャア」
 茶トラの仔猫は、答えるように鳴いた。その声にはっきりと嘲りの色を感じ取り、アスレシアは表情を強張らせる。
「ク……クク……。イママデ、きガつかないトハ、どこマデ、おろかナンダロウ、ね」
 たどたどしい言葉が、仔猫の口から洩れた。
「まずテハジメに、ゴウマンなクロネコ。つぎハ、オヒトヨシのオオカミ。それかラ、おまえダヨ、アスレシア。ボクを、きずツケタむくいを、ウケテもらう」
「鬼ごっこは、もう終わりということか」
「そうダね。これイジョウ、オマエとあそぶのハ、ヤメだ。イッタだろう。ぼくニモ、カンガエがある、ト」
 仔猫は、嗤った。湧き上がる怒りに言葉を上手く継げないアスレシアに向かい、小さな、しかし凶悪な牙を光らせる。
「セッカクだから、おまえハ、ボクが、アイテをシテあげヨウ。ハヤク、おいデ。マッテいるカラ」
「焦らなくても殺してやる。首を洗って待っていろ!」
「クク……ククク。タノシミにしてイルよ」
 仔猫はさも可笑しそうに今一度牙を見せて笑った。そして、次の瞬間、ひらりと身を翻した。
「エス!!」
アスレシアは我に返って地面を蹴った。血飛沫を撒き散らしながら逃げようとする小さな身体に向かって、精一杯腕を伸ばす。と、その脇を。
さっと一つの影がすり抜けた。彼女よりも早くエスに飛びつき、地面を転がった姿を見て、アスレシアは驚きの声を上げる。
「レオン!」
 少年は彼女を見上げると微笑もうとしたが、仔猫に狂ったように爪と牙を立てられ、顔を歪める。アスレシアは腰袋から応急処置用の布を取り出すと、仔猫の攻撃を防ぎつつ少年の腕に手早く巻きつけてやった。
「戻ってきたのか」
「うん。……あの子が教えてくれたんだ。エスが死んじゃうって」
 振り返ったレオンの視線の先には、ゼフィオンとユナがいた。ゼフィオンに守られるようにして近づいてきたユナは、不安気に目を伏せた。
「今朝、予見でアスレシアさんと仔猫が見えました。そうしたら、〈紅炎の館〉が火事だって聞いて……。急いで来てみたら、ゼフィオンさんと彼に会ったんです」
 腕の中のエスが若干おとなしくなったのを見て取り、彼女はレオンの肩に手を回して立たせた。友に抱かれて自我が蘇ってきたのか、仔猫の目から狂気は薄らいでいる。
「ゼフィオン、ネイヴァは……」
二匹の猫の血に濡れた手を見つめ、口を開いた。が、すぐ近くで派手な音をたてて建物の屋根が崩れた。派手に舞い上がった火の粉に、子供たちがびくっと身体をすくめる。
「その話は後だ。早くここを離れた方がいい」
 ゼフィオンが緊迫した面持ちで建物を見上げる。
彼らに気づいた警固兵が、何かを叫ぶのが見えた。立ち込める煙と喧騒の中、四人と一匹は急いで混乱の中に逃げ込んだ。

結局、火が完全に鎮まったのは、その日の夜更け過ぎだった。〈紅炎の館〉は建物すべてを灰にし、最後まで消火を諦めなかった数人の住人と警固兵が犠牲になった。だが、大勢の人で賑わう祭の只中で起きた災厄にしては、ずいぶんと被害が少なかったといえるだろう。レクセントの行き届いた設備と体制が、被害を最小限に抑えたのだ。
 混乱がようやく下火になった二日後、アスレシアとゼフィオンはクルーデン・ヒルの城門にいた。ユナとレオンが二人を見送りに来てくれていた。
「すまない。……結局、何もできなかったな」
 アスレシアの言葉に、ユナは小さくかぶりを振った。
「あなたたちがいなければ、もっと多くの人が亡くなっていたと思います。それよりも、ネイヴァさんが怪我をしてしまって……。私のほうが謝らないと」
「それは、気にしなくていい。あいつは、見かけよりもずっと強いから」
 安心させるように微笑み、ゼフィオンを見る。彼も同じようにユナに笑いかけて肯いた。
「レオン」
 アスレシアは少年へと視線を移す。痛々しい包帯姿のエスを抱えたレオンは、一度彼女と目を合わせた後、唇を噛んでうつむいた。
「エスが無事で、本当に良かったな。もう、他人に力を借りようとするなよ」
 レオンが顔を上げた。生意気な少年の瞳に、涙が一杯に溜まっている。
「……ごめんなさい」
 アスレシアとゼフィオンは、柔らかな笑みを浮かべると、馬上の人となった。
「さよなら」
「どうか、気をつけて」
 物言いたげなユナに最後に微笑を送り、馬首を返す。見覚えのある門兵に、チラリと鋭い視線をくれた。
手を振る二人の小さな影に別れを告げた後、巨大な城門から視線を戻し、ゼフィオンが口を開いた。
「行くか」
「ああ」
 アスレシアは肯いた。耳元で鳴く風の中に、昨夜ユナから告げられた言葉が聞こえた。
『お願いです。決して北には行かないで下さい。もしも北に行けば、あなたたちは……』
 凛とした面に、別人のごとく酷薄な笑みが浮かぶ。
 吹きつける寒風。二頭の馬はゆっくりと歩き始めた。――北に向かって。
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